星屑の海を行く砂塵の舟
 艦は巡航速度で、砂の海を進んでいた。既に日は暮れ、風は夜の砂漠の凍てついたものに変わりつつある。一人、甲板に昇ったロニは、望遠鏡と肉眼とで砂漠を見つめていた。
 はるかの地平線はほのかに浮かび上がり、天と地の際をしるしづける。一本の線は、大地は天に追いつけないのだと、瞭かに示す。
 空と砂と彼、それだけが世界をつくりあげていた。それ以外、なにもない。ロニは無線機を手にしていたが、しばらく一人で考えたいと電源を切ってあった。乾いた風が、頬に当たる、砕ける。
 それだけだ、なにもない。
 目指す敵地は、まだ見えるはずもない。かといって、彼らの家も、振り返ったところでかけらも見えない。そして、天にはけっして届かない。……
 これだけ非力なのに、よくもまぁ、と思ってロニはにやりと笑った。よくもまぁ、革命を起こそうなどと考えたものだ。
 砂の海と比べてあまりにも矮小で、空とは比べることもできない、人間というもののちっぽけさ。
 人は砂の一粒に似ている。ロニは、常にそれを意識していた。自分も、仲間たちも、ソフィアでさえただの砂粒なのだ。特別な粒など存在しない。ソラリスに生きるものもまた、ただの一粒に過ぎない。
 ロニは碧い瞳を地平線にむけた。
 ――だから彼らにさからえるんだ。未来の、ために。
 なにもかもが等価の粒にすぎないと知っているから、なにかを得ようと励むのだ。すべての可能性は粒子の内に閉ざされたままだから。
 ハッチの開く音がした。ふりかえると、カレルが登ってくるところだった。
 ロニは、彼の方をむいて、来るのを待った。カレルの闇色の髪が、風をうけて広がる。彼は、それに顔をしかめて手で抑えた。
「まだ、決まらないか」
 カレルはロニの前に立つと、そう言った。ロニは目をすがめて笑い、うなずく。
「カレル、君はどう思う? このまま進むべきか、それとも」
「レネは、早急に進むべきだ、と言っていた。……私も同じ意見だ。
 だが、この艦の艦長は君だ」
「うん……」
 情勢は微妙なうちにあった。強襲することは相手の不意をつけるが、他方、敵の備えを理解していたのでは機を逸するため、どれだけの戦力が相手にあるか確かにわからないまま、攻め入ることになる。
 レネやカレルは好戦派だ。ロニもしばしばそう見られがちだが、彼は選択が大胆なだけであって、今回ばかりは強襲を渋っていた。
 ソラリス本部隊がそこに宿営している、という情報があったのだ。そうだとすると、こちらもかなりの犠牲を覚悟せねばならない。この作戦にそれほどの価値があるのか、疑問が残った。
 砂粒をただのカケラにしてしまうかは決断と行動次第だ。誰かの選択一つ一つが、砂の渦をかき混ぜる。……
「近頃、よく考えることがあってな」カレルはロニを見ながらぽつりと言う。「みな戦を厭み、倦んでいるが……今こうしている仲間はそうでもなければ出会わなかっただろう」
「戦争も悪くない、か……『ソフィア』が聞いたら怒り狂うセリフだな。ましてや、君が言ったなんて聞いたらね」
「そうかもしれん」カレルは微笑した。「だが……ソラリスというものがなければ、『ソフィア』様の言葉も、人の心に今のようには響くまい。それが人というものの現実だから」
 つぶやく彼と目を見交わしているはずなのに、ロニは不安を感じた。
 ――どこを見ているんだ?
 カレルの目は、どこか遠くを見ていた。遠すぎるところを。この地上ですらなく、届かないからと見上げることすら諦めてしまいがちな天球を、見ているようだった。
 ロニは思わずカレルの手を取った。ひんやりと冷たい。
「――なんだ?」
「いや、……」
 たとえ相手がカレルだとしても、言えるはずはなかった。
 ――君が消えてしまいそうだったから。
 いつになく口ごもるロニに遠慮したのか、カレルは言う。
「先に、下に戻ってる。……もうしばらく考えればよかろう。結論を出してくれれば、それでいいのだからな」
「ありがとう」
 そう言って、ロニは手を放したが、気分はまだ落ち着かなかった。
 冷たい手を握っただけで、彼がそこにいる、ということを確かめられたとは思えなかった。
「……言いたいことがあるなら、早く言ってくれ」
「カレル、キスしてくれないか」
 カレルは少し目をすがめたが、近寄ると唇を重ねた。
「これで満足か?」
「まだ足りない」
 ロニはカレルの腰に腕を回してまたキスをした。カレルの熱を確かめるように長く、そして静かに。
 しばらくして顔を離したとき、カレルが困惑した様子で尋ねた。
「なにを考えてるんだ?」
 形而下における実存を確かめていたんだ、とは言えない。
 形而上ではおまえがここにはいなさそうだから、触れていないと不安になるとも。
 カレル自身は、自分がそういった得体の知れぬ胸苦しさを与えていることに気がついていない。それは、知らなくていいことだ。
「戦争がなくとも、ましてや『ソフィア』すらいなくとも……僕たちは出会えただろうな、ということさ」
「……」
 カレルは無言でロニの手を解くと、踵を返して艦内に戻っていった。
 それを見送って、ロニは無線機のスイッチを入れ、艦橋に呼びかける。
「なにか報告は?」
『二時に窪地を発見。問題無しです。停泊しますか?』
「……いや。十五分後に各部要員交代。二十分後に全速まで速度を上昇のこと。明朝5:00に突撃を開始する」
 無線を切って、ロニは砂の海を見つめた。唇に暖かみはもう残っていない。眼下には乾燥した灰色の砂漠が続くばかりだ。
 彼は、おのれは所詮砂の一粒に過ぎないと、強く思った。その砂粒の海は、果てしなく続いていた。





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