ガン・ホリック
「なぁ、ビリー!」
 夕方、レンマーツォの調整を済ませたビリーがバルトのギアの前を通ると、バルトがおいでおいでと手を振っている。
「なんだよ」
「おーきな声出すなよ。いいから!」
 ビリーが疑問に思いつつ近寄ると、彼は小声でこう言った。
「な、いまから俺らだけでちょっと出てこねぇか?」
 ビリーが同意することを疑っていないような子供みたいな目で、バルトは見凝めて来る。
 ギアの手入れだけにしてはどうも重装備をしていると思ったら、そういうことらしい。バルトは昼間、「留守番でつまらない」などという暴言を吐いてシグルドに説教されていたから(口だけですんではいなかったが)、意外な提案ではなかった。
 だがビリーは片眉を上げて、断った
「僕らは待機だろ」
「ちょっとだけなら構わねぇよ」
「だーめ。あれだけ怒られて、よく懲りないね。記憶回路が故障してるんじゃないの? ともかく、僕らは待機! 艦の中ならつきあうよ」
「艦の中ァ?」
 バルトはあからさまに嫌そうに顔を歪めた。
「僕の部屋に来る? お茶ぐらいなら出すよ」
「ほんとうに、出してくれんのか? ……ま、いっか」
 ビリーはバルトがいぶかしむのに、どういう意味、と聞こうとしたが、バルトに腕をひっぱられたせいで、タイミングを外してしまった。
「とっとと行こうぜ」
 言われて、うなずいた。
「シグルド兄ちゃんは?」
「さっき出かけた。いろいろ買い出しで、明日の朝に戻ってくるってよ。艦を空けるから、昼間あんなに怒鳴ったんだろ」
「そうなんだろうね。……あのさ、シグルド兄ちゃんにばれたらって、考えたことある?」
 なにが、とは言わずにビリーがいうと、バルトはぶるっと肩を震わせた。
「考えたくもねーよ、そんな……恐ろしいこと……」
「だよね……」
 ビリーの部屋の前で、二人は立ち止まった。扉を開けるのを待とうと、バルトが脇に立ちつくした瞬間、ビリーは笑いかけて、こう言った。
「でも、時々ぶちまけたくなるなぁ」
 ついで、というかんじで唇を奪うと、バルトは蒼ざめて叫んだ。
「ば、ばかやろう、冗談になんねぇよ!」
「シグルド兄ちゃんはいないんだろ」
「誰かにばれたら、シグの耳に入っちまう!」
「けっこう皆、気づいてると思うけどなぁ、案外シグルド兄ちゃんも〜」
「マジ……?」
「気づいててなんにも言ってこないなら、別にいいじゃないか」
「そ、そうだけど。つーか、さっさと部屋を開けろよ」
「はいはい」
 苛立っているバルトに苦笑して、ビリーは戸を開いた。まずは約束通りにお茶を入れてくつろぐ。
「シグ」ずず、と音をたててカップの紅茶を啜りながら、バルトは呟いた。「ほんとうに気づいてんのかな」
 ビリーは、バルトのしつこいもの言いにかちんと来て意地悪く、
「気になるならいっそ、シグルド兄ちゃんの部屋に行こうか。帰って来るまでシグルド兄ちゃんの部屋で」
「阿呆か!」
「そうすればいくら気にしてないといっても、なにか言ってくれるよ。今日の昼間みたいにひっぱたかれて終わりだとは思うけど」
「あぁ……目に浮ぶぜ。おまえ、またいい子ぶって『バルトが僕を無理矢理』とか涙ながらに言うんだろ」
「態度は人にあわせないと」
「テメー!」
 バルトはカップをけたたましく置き放つと、ビリーに飛びかかった。ビリーも心得ていて、掌のカップを安置すると身をひるがえす。
 高い声をあげながら、二人は床にころがった。
 子供同士のとっくみあいに勝ったのはビリーだった。三つ編をふんずかまれ、背中に乗られてはバルトも身動きが取れない。馬の手綱を引くように、おもしろがってビリーは三つ編をいじった。
「おいッ、やめろよ」
「許してくださいビリー様って言えよ」
「誰が言うかッ」
「じゃあシグルド兄ちゃんにばらしちゃおうかな。僕は別に構わないんだよ。だってほら、僕は被害者になるわけだし」
 バルトは一瞬、ものすごい形相になった。ビリーめムカツク、シグにばれたら大変だ、いつだって本当の被害者は俺じゃねえか、とかいろいろな感情の入り交じったその顔は、記念してもいいほど、バルトがしてきた表情の中でも複雑なものだったのだが残念なことに誰も見ていない。
 結局、彼はビリーに降参した。
「許してください、ビリィさ・ま!」
「よくできました」
 彼は満面の笑みをたたえて言った。バルトは幸運なことに見なくてすんだが、それは天使のほほえみではなくて悪魔のほほえみだった。
 ビリーは、こういうじゃれあいがかなり好きだった。同じ年頃の友達がいない環境で育ってきたし、無邪気に遊んでいればいい、という生活でもなかったから、こういうのは彼の憧れでもあったのだ。
 孤児院の子供たちと遊びまわるわけにもいかないし、だからバルトと一緒になって暴れることができるのはビリーにとってかなり楽しい行為だった。
 バルトは少し嫌がっているところもあるようだが――つきあってもらっている。
 子供のころ淋しかった、と言うと、バルトはなんでもつきあってくれる。キスをするのもその先も、一番はじめはそういう口実だったような気がする。
 淋しかったから、というのは全部が全部嘘ではない。でも、それだけというほどビリーは女々しくなかった。
 ビリーはバルトの髪を手放すと、重なるようにうつぶせて首筋にキスをした。
「ほんと」バルトはため息をつきながらつぶやく。「おまえのとこ来ると、おちおち茶も飲んでられねーよ」
「ミルクならあるけど」
「そういう冗談は好きじゃないぜ……」
 ビリーは、バルトの体に腕を回した。背中を通して、バルトの鼓動が聞こえてくる。少し早い、緊張している音だ。
 少年はくすりと笑い、手を服の中に潜りこませようと、まさぐった。
 とたんにバルトは身を固くして、
「ビリーやめろよ。脱ぐからさ」
「けっこう薄着だよね、バルトって。砂漠って、そんなに暑いの?」
「ああ。暑いよ」
「シグ兄ちゃんが、おなか出しっぱなしでもいいくらいだもんなぁ、そう言えば」
「シグの話はやめろよ!」
 むっつりと不機嫌になるバルトに、やはりビリーはかちんと来た。シグルドの話になると、どうも他と勝手が違うというのが気に入らないのだ。
 服に手をもぐりこませるのをやめて、薄いアンダーウェアに爪を立てて、引っかいた。
「痛ッ おいビリ……」
「やろうよ、バルト」
 ビリーは言うと、有無をいわせず、バルトの服をはがしにかかった。
「おまえ、なんか今日は機嫌悪くないか?」
「そう、見える?」
 確かに、バルトがシグシグと連呼するのでビリーは不機嫌だった。でも、どうせそんなことには彼は気づかない。
 ――僕が機嫌悪いってことに気づかないくらい無神経ならまたそれでいいのに。中途半端なんだよね、バルトって。
 そう思いながら、じっとりとバルトを見つめる。
「見えるんならさ」口を尖らせて、わざと駄々をこねるように言った。「自分でとっとと脱いでよね!」
 言い終わると、ビリーは立ち上がって勢いよく服を脱ぎだす。風呂に入るときのようなおおざっぱな服の脱ぎ捨てられかたに、バルトはあぜんとしてみている。
 ビリーは座りこんだままのバルトを足でつつき、
「とっととしないと、シグルド兄ちゃんに言いつけるよ」
 嫌味のつもりだったのだが、明らかに彼には通じてない。バルトは素直に脱ぎ出して、ビリーはため息とともに、部屋の明かりを落とした。



 ――そもそも、バルトって僕のことどう思ってるんだろう?
 その日は、普段は気にもとめない、気にとめたってしようがないと思っていることばかりが頭に浮かんできた。
 薄暗い部屋で、大人たちには秘密の遊びをしながら、ビリーはバルトにおける優先順位を考える。一番、二番、三番、……と来て、果たして自分が何番目にいるか、それを考えるとちょっと情けなくなる。
 ビリーの心も知らず、バルトは相変わらず性急にキスと愛撫を求めてきた。
 ――でも別に……ひょっとして、僕のキスじゃなくてもいいのかもしれない。
 僕のがいいの? と確かめたって、よく分からないという顔で返されてしまうのが落ちだ。つくづく嫌になる。
 ――むしろ、本当はだれのがほしいんだよって言う方がわかってくれそうだよな。
 それでも、いま行為を止めてバルトを部屋から蹴り出したいとは思わないのだ。
 バルトの体は好きだ。
 わけが分からなくなってしまうときよりも、こうやってまだ冷静でいられるときのほうがビリーは好きだった。バルトのひきしまった体とか、細い腕とか、確かめるようにキスをするのが好きなのだ。
 ……一度体をかわした後、ビリーはふと思いついて、サイドボードに手を伸ばした。
 バルトは荒い息で、ビリーを見ている。
「……なんだよ?」
 ビリーはいらついていたし、手加減しなかった。それで、バルトはもう何度も達しているから、体力はかなり消耗しているはずだった。だから、ビリーが手早く動いたのについていけない。
「なんだよ」
「バルト、これ……なんだかわかる?」
「ちょっ……なに入れてんだよ!」
 ビリーはうつ伏せになったバルトの体に乗っかって、手にした銃を彼の中に入れていった。ひんやりとした鉄の塊が、熱くなった体内に忍びこんでいくわけだ。
「なんだかわかる?」
 ビリーは銃を動かした。さっきからの交わりですっかり濡れていたから、スムーズに動く。そして嫌な音も一緒に聞こえてきた。
「ぐちゅぐちゅ言ってるよ、バルト?」
「おい……おまえ、なに入れてんだよ!?」
 恐慌した声とは裏腹に、バルト自身は見る間に回復していった。
「さっきと同じだよ、僕の銃」
「そういう冗談はキライだって言ったはずだぜ……!」
「僕は割と好きなんだよね」
「そ、そんなんいいから物騒なもの早く抜けよ!!」
「えー?」ビリーはにたりと笑って続けた。「抜いちゃっていいの? 僕はもう元気ないから、そうするとどうやってバルトを満足させてあげればいいのかわかんないよ」
 もちろんそんなのは嘘っぱちで、ビリー自身もしっかりと元気だったが、バルトからは見えない。
 ぐっと中に押しこむと、バルトの体は銃筒を受け入れて、はなさない。バルトもしっかりと自分が咥えてしまったのに気づいたのか、呻き声をあげて半身を起こす。
「おい。ビリー……おいって!!!」
 ビリーはイジメを続けることにした。
 銃にまた手を伸ばすと、撃鉄を起こす。
 がちり、という重い音と振動は、バルトの中に伝わる。
「今の、なんの音だよ」
 引きつった声も可愛いもんだ、とビリーは自分をしごきながら、バルトの体によりそった。
「あんまり動かない方がいいと思うけど」
「おまえッッ 安全装置、外したろ!?」
「よくわかったね」
 ビリーはからからと笑いながら言ったが、バルトはそれどころではないだろう。間違って弾が発射されるようなことがあれば、バルトはあの世行きだ。
「じょ。冗談きついぜ…」
「バルトが死んだら僕も死ぬからさ」
「ゼッタイ嘘だな」
 返事は即答だった。密かに傷つきつつ、ビリーは僕たちってそういう関係だよなと納得する。
「早く、取れよッ!!」
「こんなにがっちり食い込んでたら、抜こうにも抜けないよ」
 大きく銃を回すと、バルトは耐え切れず声を上げてしまう。その声に、ビリーもぞくりと来た。
「イかせてくれたら、取ってあげる」
「どーゆー意味だ」
 ビリーはかわいく笑ってバルトにキスしたが、もちろん、バルトにはそんな余裕がなかった。蒼ざめてビリーを見返すばかりだ。
「まじめな話、今日はまだ、僕はいい思いしてないんだよね。バルトばっかりずるいと思うけど」
「お……い、ビリー、本気か?」
 体の下に滑りこむビリーに、バルトは引きつった笑いで応える。
「僕は本気だよ」
 ビリーは自分から腰をかかげて、足を開く。あとはいれるだけ、と言わんばかりだ。二人のものがこすれあって、バルトは悲鳴を上げた。
「バルトって」くすくすと嫌味な笑いをあげながらビリーは言う。「ほんと、いい声だよね。危ないものが後ろに入ってるから? それとも、僕をそんなにやりたいわけ?」
「おまえ……憶えてろよ!」
 そうは言っても、バルトはビリーの要望にしっかりと応えた。バルトも、後ろを攻められたままで、おまけに恐怖も伴って無我夢中だったのかもしれない。ビリーは嫌というほどゆすぶられて、頭の中が真っ白になるまでいかされた。
 バルトの腕ががくがくと震えていたのは、昂ぶりのせいではなくて「死ぬ」という恐怖だったらしい。終わって、緩んだ体から銃を抜くと、バルトは安堵の吐息をついた。
「も、もうこんなのゴメンだぜ…」
「でも、よかったんだろ」
「冗談! こんなことしなくたってやってやるからさあ…」
「じゃあもう一回」
 ビリーが言うと、バルトはあからさまに嫌な顔をした。しかし、銃を目の前に突きつけると大人しく従った。
「……これって、強姦?」
 ぼそりと呟き。ビリーは「和姦だよ」と訂正した。
 それからしばらく、昂ぶった声を上げて二人は抱き合った。……すると。
 ――若はどこか、知らないか?
 廊下から、シグルドの声が聞こえた。帰りが早すぎたが、ビリーは好都合だなと思った。はた、とバルトの動きが止まる。
 バルトは引きつった笑みを顔に浮かべていた。いや別に、彼は笑っているわけではないのだろう。ただ、笑っているように見えてしまうだけで。
 さっき銃を入れられていたときよりも、硬直した表情だった。
「シグ……」
「ああ、帰ってきたんだね」
「おい、これ見つかったらまずいだろ」
「そうだね。……バルト、止まってるんですけど」
 銃を取り出すと、彼はあきらめたように、腰を揺り動かす。
 シグルドの足音は徐々に近づいていた。クルーの声が聞こえる。
 ――そういえばビリーくんの部屋に。
 やはり、誰かに見られていたらしい。はたと思いついたように、そしてわざとらしく、ビリーは言った。
「そういえば、扉の鍵、かけ忘れてたっけ……?」
「……エ」
「今なら完璧に、僕が被害者だね」
「ビッ、ビリー様……! まじで……!?」
 バルトは蒼ざめて、何度も瞬きしては目を潤ませてビリーを見た。
「それからさぁ」
 ビリーの手は、優雅に銃を扱った。ガシャリと音がして、マガジンが片方の手の上に乗る。その中は空、だ。
「まさか本当に、弾の入った銃を入れたと思ってたわけ?」
 バルトは言葉を無くして、ビリーはケタケタと笑う。その部屋のドアを、シグルドが叩いた。
「ビリー、若はいるか?」
 いるよと応えようと、ビリーは大きく、息を吸った。





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