【諸注意】
「sol omnibus luchet.」というオフラインで出した本のおまけのようなネタです。おまけのような、と言いつつ、ふざけているだけのネタです。元の本をご存じない方には意味がわからない上に危険ですので、あまりお勧めは出来ません。
「なんの騒ぎだ!?」
ロニとレネは響いてきた音に、同時に立ち上がった。
「賊だ!」
宿の階下からは、そんな声が聞こえてきた。既にあちこちで人々が動き出している音がした。
「ついてない」
ロニがため息をつくと、レネは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「悠長に言ってるなよ。兄貴、女の姿なんだぜ」
「そうなんだよな。まさか、剣を取って戦うわけには行かないし。僧兵が来たとしても、間近に来られたら正体がばれて困るな」
「ほんと、女装するには兄貴はでかすぎるよ」
「おまえよりは小さいだろ」
「比較対象が間違ってるぜ」
その上、ロニたちのことを僧兵隊は気にしている。宿の主人はロニたちの正体を僧兵隊が探ってきたと言っていたので、こんな騒ぎがあったら、喜んで話を聞こうとするだろう。困ったもんだ、とさすがのロニも肩を竦める。
そうしているうちに、いよいよ騒ぎが大きくなってきた。仕方なしにロニは立ち上がる。
「どうするんだよ」
レネの言葉に答えて、ロニは窓にむかいながら言った。
「とりあえず僕は、外にいるよ。ほとぼりが冷めた頃に、戻る」
「了解。見つかるなよ、ほんと」
「大丈夫」
そう応えると、ロニは窓をあげた。幸い、裏通りには人はいない。ニサンは夜も早く、暗いので目立たなさそうだ。ヴェールを引っつかむと、彼は二階の窓から飛び降りた。
少し宿から離れた路地で、ロニは立ち止まった。なるべくすぐに戻りたいから、あまり遠くには行きたくない。とはいえ、近すぎると騒ぎを気にしただれかに見咎められてもおかしくない。ロニにとってはちょうどいい場所なのだが、夜半に人がいて不審に思われない自信はない。
男がひとりいてもそれなりに怪しいが、女がひとりなのも、怪しい。ふつう、若い女性は真夜中にひとりでこんな場所にはいないからだ。それでも仕方なく、ロニは壁がくぼんだ場所を見つけて、腰を降ろした。……立っていると、女の服装をしていても女だと思ってもらえない。
ロニは宿の気配をうかがった。それにしても運がない。
(こんなことでばれたら、目も当てられない)
そもそも女装してニサンにもぐりこむこと自体がおかしいのだが、それは別の話ということにしておく。ここまでは完璧だったのだ。
しばらくすると、騒ぎの声がようやく収まりつつあった。レネたちや宿の用心棒が賊を取り押さえたか、僧兵隊が来たかしたのだろう。とはいえもうしばらくは息を潜めていなければならない。
だれにも見つからなければいいが。
(そういえばあの僧兵隊長は来たのかな)
僧兵隊長は勤勉の鏡で、一体いつ休息を取っているのか予想もできない働きぶりだ。もともとロニたち一行のことを怪しんでいたようだったから、今回の騒ぎにかこつけて様子見をして来るはずだ。まさか、この襲撃がその僧兵隊長の指示であるとまでは思えないが、僧兵隊の警備に穴をあけてくれたことくらいはありえるかもしれない。
(それとも考えすぎ、かな――)
僧兵隊長は手段を選ばないタイプに見えたが、仮にも僧兵だ。そうそう無法な手段は取らないのかもしれない。
(なんでも僕と同じ腹黒さでかかって来ると思ってしまうのは、僕の悪い癖だな)
ひとりで笑っていたせいか、路地をむこうから来る人の気配に気がつくのが遅れた。走る人の足音が、僅かに聞こえる。音を殺した足音だ。賊が逃れて来たにしては、乱れが少ない。一瞬でロニはそれを察知して、身体を窪みの奥へとずらした。
急いでいるというのなら、気がつかないかもしれない。走り来る人の意識が路地の先にむいているのが感じられた。出来れば見つかりたくないが。
しかし人の気配は、ロニが身を隠した窪みから少し手前でぴたりと止まった。どうやら、気がついてしまったらしい。僅かな殺気が滲んでいるが、とてもわかりやすく放たれている気がした。ロニは思わず息を飲む。その気配が恐ろしかったわけではない。それが警告だったのが恐ろしいのだ。相手は殺気を好きに抑えることが出来るのだろう。そして本当の殺気は放っていることも気がつかぬほどの一瞬にすべてを終わらせる力量があるのが、感じられた。いまは警告だ。姿をあらわせ、ということなのだろう。
大方その人物の予想はついていたが、ロニは窪みからごくゆっくりと、怯えきったように顔を出した。しかし相手が最悪だ。
ヴェールと巡礼衣裳も目深であれば、顔は見えないだろう。座ったままなら、まだ誤魔化せる。
だが、本当に? ロニはレネの言葉を思い出した。
――泳がされてるだけかもしれない。
立っていたのはニサンの僧兵隊長カレルレンだった。ひとりきりだ。やはり宿の賊のことでこのあたりに出て来たのだろう。
砂漠の女は、習俗として、家族以外の男とは口もきかない。そのことは有難いが、どこまでうまくやれるか、だ。
カレルレンも、白い巡礼衣裳でロニが件の巡礼者の女主人であると気づいたらしい。
「あなたか――憶えておられるかどうかは存じあげないが、ニサンの僧兵隊長カレルレンと申します。このような場所で、どうかされましたか」
態度は慇懃で、こちらを疑っているそぶりはない。さすがにそれは、素直に受け取るわけにはいかなかった。声は出せないし、そういえば、足が不自由だという設定になっていたはずだ。すっかり失念していたことに自分でもがっかりして、ロニは僅かに外に出ている碧玉を浮かない様子で瞬きさせた。
「あなたがお泊りのはずの宿が賊に襲われた、と聞きましたが、なにかそれで――?」
ロニはそれにカレルレンから目を逸らす、という演技で肯定したが、なにが、とは明言できない態度に終始した。カレルレンには、なんとしても置いていってもらわなければいけない。親切に宿に報せに行ってくれればいいのだが、そういう都合のいい親切はしてくれないだろう。こんな場合に行きあったら、普通、彼はこの女性を宿まで送り届けてくれるだろう。なにしろこのニサンを守る僧兵隊の頭目なのだ。間違っても、賊がいるかもしれない暗い街路に女性を置いていくことはない。
その女性が足が悪いことを知っていたら……手ずから抱き上げて連れて行くくらいはしてもいいだろう。ロニならそうする。
そこまで考えて、ロニはまた憂鬱げに視線を伏せた。身長は並の男より大きいのでこういう手を取ったのだが、体重のことまでは考えなかった。当たり前だが抱き上げたら、女性の体重じゃないのはわかるだろう。同じ身長でも男の方がはるかに重いのだ。
(どうせなら体格がよくなるように詰め物でもしておけばよかった)
はあ、とため息をつくのが一層僧兵隊長には物悲しく見えていた。ロニは思いもよらなかったが、実を言えば僧兵隊長は女主人を怪しいとは思っていたが、まさか性別を偽っているとは考えていなかったのだ。
(レネが迎えに来てくれればいいのに)
そうすれば万事治まるが、いまのままではばれてしまう。
僧兵隊長が身を乗り出してきて、肝が冷えた。これでロニが本当に深窓の麗人で、カレルレンが僧兵隊長ではなく普通の将軍だったらなにかロマンスでも生まれたかもしれないが、生憎様々なものが倒錯している。
「騒ぎはとうに収まっているようです。宿に戻られるのであれば、お供いたしますが」
ロニは首を振った。カレルレンは警戒されていると思ったのか、なおも言い募った。
「私は僧兵を束ねる立場にあります。どうぞご心配なされませんよう」
しかしそういうことで拒んでいるわけではない。だがカレルレンも置いて立ち去れる性格ではないようだ。彼はため息をつくと、口を開く。
「ご無礼にはなるでしょうが、お連れします」
とうとう来た。ロニは神に祈りたい気分だった。カレルレンはロニを抱き上げようとして、重さにやや戸惑い、だが一気に引き上げた。ロニは不信心なのだがこのときばかりはニサンの神に盛大に祈った。男でもロニの体重を軽々持ち上げられる人間はほとんどいないだろう。カレルレンも僧兵隊長なのだからそれなりのことは出来るだろうが、自分より実際は身長も体重もある相手を抱きかかえるのは……相当だ。
重たそうにカレルレンの顔はひきつっていたが、無理ではないようだ。ロニは恥ずかしそうな振りをしてカレルレンの肩に顔を埋めてしまった。大爆笑をしたいがそれどころではない。
さすがなもので、カレルレンはそのままロニを宿まで連れて行った。いつか路面に叩きつけられるんじゃないかと気が気じゃなかったが、そんなことはなかった。
宿で出迎えたレネは真っ青な顔をしていた。カレルレンからロニの身体を直接受け取ったが、まったく辛そうだった。
カレルレンはそんなそぶりをおくびにも出さず、だが冷たい口調で、こう言った。
「姉君も君も無用心だな、気をつけたまえ」
「はあ」
レネの返事が心無いものだったのは仕方ないだろう。ロニはやはり弟の肩に顔を埋めていたが、そこでは既に笑いを抑えることが出来ず、プルプルと震えていた。
僧兵隊長が出て行った後、レネはその場で兄を手放した。床にドスンと落ちたものの、ロニはすぐにひらりと立ち上がる。
「ひー、ひー、ひーっ」
声もなく笑い転げているのを見て、レネはせつない気分になった。
「あの僧兵隊長、どこまで騙されて兄貴を担いできたんだ」
「僕にはさっぱりわからないよ」
「俺は兄貴がさっぱりわからない」
ロニは朝まで笑い転げ続けていた。
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これが百個目で本当にいいのかおまえは……と言いたいね。自分にね。
これはだめ! とか言ったら昔書いたもののいくつかはリストからはずさなくてはならなくなるのでもういいや。いろいろ考えていたらロニカレが書きたくなってしまって、でももうネタがないからこんなあほなものを書いてしまいました……もうどうでもいいと思うよ、私の頭の中。(080307)
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