除霊神父
 教会本部を目指して夜も進むユグドラシルで、バルトは舵を握っていた。シグルドが酔っぱらって倒れてしまったせいだ。この日、艦に乗りこんだビリーの父親、ジェサイアに無理矢理飲まされたのだ。
 やがて、扉が開いてふらふらとした足取りのシタンが入って来た。
「シ……シグルドは……?」
「なに言ってんだよ、先生。シグならとっくの昔に潰れてただろ?」
「ああ、そうか……そうでしたね。そういえば……」
 シタンの息も、そうとうに酒臭い。シグルドは一口二口で潰れてしまう体質だけに一瞬で助かっていたが、シタンは飲めるは飲めるので、この時間までつきあわされていたらしい。
「シグルドに代わってもらおうと思ったのに……」
「先生も休めよ」
「そうですね……」
 また、ふらふらと出ていくシタンを見送って、バルトは溜息をついた。
「めずらしーな、あの先生があんなになるなんてよ」
「つまり、よっぽどなやつだってわけですね、あの神父のオヤジは」
 溜息をつきながら、艦橋のクルーが言った。バルトは肩を竦め、「障害物は?」と聞く。
「ないです」
「じゃ、俺はシグの様子を見て来る。頼むな」
 バルトは、先ほどシグルドが担ぎこまれた医務室にむかった。静かに寝てんのかな、と思いつつ中に入ると、そこは大騒ぎになっていた。
「……なに、してんだ?」
 思わず、バルトは呟いた。
「どうもこうもないッッッ!」
 応えたのは、ビリーだ。彼は顔をくしゃくしゃにして、バルトを睨みあげてくる。……医務室のベッドの一台にはシグルドはこんこんと眠り続けており、床では、ビリーがシタンに押し倒されていた。押し倒されたというか、倒れてきたのを支えられずに一緒に転んだのだろう。
「この酔っ払いをどうにかしてくれよッ!」
 シタンの方も、既に意識はなさそうだ。シタンは大柄ではないが、意外に筋肉質で重い。ためいきをついて、バルトはシタンを担ぎ上げると、もうひとつのベッドに放り投げた。ビリーはその脇で服をただしつつ、立ちあがった。
「オヤジがむりやりにみんなに飲ませるから……ッ」
「嬉しかったんだろ、昔の仲間に会えてさ」
 いさめるように言うと、バルトがジェサイアの肩を持ったのが気に食わなかったのか、とげとげしく言葉をぶつけて来た。
「君って、案外静かなんだな。こういうときはもっとぎゃあぎゃあ騒ぎたてるかと思ってたよ」
「ほんとうにおまえ、しつこいほどつっかかるな! みんながぶっ倒れてるのに騒ぎたてるもなにもねーじゃねーか。おまえこそ、なんでここに?」
「あのナースに任せるのは不安だから、僕がついてたんだ」
「ああ、……シグな。悪ぃな」
「君に礼を言われる必要なんかないよ」
 ビリーはあいかわらずだ。相手にしては駄目だとちらりと頭の隅で思ったが、止まらない。二人の会話は徐々にエキサイティングしてゆく。
「そんなにギスギスすんなよ」
「そうかな、僕は普通にしてるつもりだけど」
「どこがだよ! シグには『シグルドにいちゃ〜ん』なんつって飛びついちゃってよ」
「僕はずっと、そう呼んでたんだ。文句あるのか!? 今は君の部下だからって、昔のことまで束縛する権利なんかはないだろう」
「悪いなんて言ってねーだろ!」
「あんなの、言ったも同然だ!」
 二人がけっきょく、激昂して叫んだところ、ベッドのシグルドが呻きを上げた。
「……ウ…ン……」
 どきりとしたけれど、本格的に目覚めたわけではないらしい。
 二人は急に静かになって、息をつく。
「シグと先生が目ェ覚ますだろ。静かにしろ」
「その言葉、そっっくり君に返すよ」
「あのな……!」
「静かに。うるさくするなら、ここを出て行けよ。僕がいれば、二人の面倒は見られる」
「先生に押し倒されてたくせに、なに言ってるんだよ。先生を持ち上げられないんじゃ、シグがそこから落ちたらどうしようもねーじゃんか」
「シグルド兄ちゃんは落ちない!!」
 なにを理由にそう言ったのかは果てしなく謎だが、バルトは言い争っても平行線だと口を閉じた。ビリーが言うとおり、今日は自分で思っても、おとなしい。たぶん、止める人がいないからだろう。フェイはいぜん意識を失ったままだし、シグルドとシタンさえこうだ。面倒を見てくれる人がいないと、暴走もし甲斐がない。
 ビリーは、バルトが黙りこんだのを非好意的に受け取ったようだった。じろりとバルトを睨みあげると、罵声が続いた。
「なんだよ……君って考えていることが態度でバレバレだね。先に黙って、僕を馬鹿にしてるつもりなのか? だとしたら、相当浅墓な考えだよね。大体、勝つとか負けるとかじゃないだろ」
 激しい被害妄想だ。バルトは頭が痛くなってきた。
「オマエなぁ……あきれてものも言えないぜ」
「君の、そういうところが気にくわないって言ってるんだけど。わかってる?」
「……ひょっとして……そういう態度で、俺の気を引こうとしてるわけ?」
「な、なに言ってるんだよ! 勝手に……」
 バルトは、そう叫ぶビリーの顔を見て思わず吹きだした。顔を真っ赤にして、目を吊りあげて、昼間の澄ました様子からはとても想像できない。
「ムッカッツックーッッ」
「おまえ、そういう風にしてる方が楽だろ? なんかおかしいと思うのはさぁ、まだガキのくせに妙に大人ぶってやがるからなんだよな」
「大きなお世話だ」
 そう言うと、ビリーはバルトから目を反らした。その横顔はまだ幼い。もちろん、大人びていなくてはならない理由があったから、そうなったのだろう。
 バルトはビリーの背中をどんとどつくと、「なにするんだ」と喚くビリーに言った。
「ここじゃあ楽にしてろよ。オヤジさんも、それにおまえの『シグルド兄ちゃん』もいるんだろ。たまには子供らしくしてもいいんじゃねえのか。なんなら、俺だって兄貴になってやるぜ」
「あいつはオヤジじゃない。赤の、他人だ」
「贅沢言うなよ。俺の知ってる子供たちは、親も兄弟も亡くしちまったなんて、ざらにいるんだぜ。帰って来てくれたんだろ。悪態つくなよ」
 ビリーは答えず、まだ、頬を膨らませている。
「もう休めよ。ここは俺が見るから」
 居辛くなったのか、ビリーは思わず素直にバルトの声に従ったが、はっとして振り返った。
「君が言うから出て行くんじゃない。僕はプリムの様子が心配なだけだぞ」
 そう言い捨てて出て行くビリーの背を追って、バルトは呟いた。
「……あいつ、また礼言わなかったなァ」





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