ソラリスの守護天使の連絡どおりだった。予告定時に侵入者は発見された。特務室部員に囲まれて、侵入者はなすすべもなく、囚われていった。……
そのうちの数人が、「アニムス」としてガゼル法院の肉体に選ばれたものたちだ。かねてからの手はずどおり、彼らはこのソイレントに運びこまれた。
カレルレンは、その報告のすべてを聞いてうなずいた。
「同調者たちはそれぞれ別室に。あとはおまえに任せよう」
「了解しました」
ヒュウガ・リクドウは礼儀正しく一礼すると、カレルレンの研究室を出ていった。その様子はいつもと違って従順なソラリス兵卒のものだ。なにをいまさら、カインの懐刀である彼がカレルレンに対してそんな態度を見せるのはなにかを企んでいる証左だ。とはいえ、それも見越してはいる。ずいぶん人間らしくなったなとカレルレンは守護天使の背を見送った。しかし、それはほんのしばらくのことだった。
カインだろうと、法院だろうと、カレルレンの妨げになるようなものではないのだ。いかにでも動くがいい、愚かな者ども。
彼は、手にした侵入者たちのデータに目を落した。一瞥してそれを置くと、部屋を出て処置室へとむかう。
その部屋には――同調者のひとりが眠らされていた。バルトロメイ・ファティマという名の少年だ。アニマの器エル・アンドヴァリの同調者、アニムス。ここでは、それが彼のすべてだ。地上でいかなる名で呼ばれようと、それだけが。
エル・アンドヴァリ。カレルレンは、はるか昔に見たその真紅のギアの姿を、脳裏に描いた。乗っていたのはロニ・ファティマ。この少年の、父の父。
カレルレンは少年に近づくことはなく、遠巻きにその眠る姿を見た。
砂漠の民の血を受け継いだ褐色の肌。それでいながら混ざった北方の血もその金髪の中に薄らいではいなかった。目は碧で、開けば、ロニ・ファティマと同じ色のまなざしをこちらにむけるのだろう。
かつてあの男の少年時代など想像したことはなかったが、さて、この少年は似たものなのかどうなのか。
カレルレンはなぜここに自分が立っているのか知らなかった。あの男の末裔がどんな姿か興味を持ったとでも言うのだろうか。馬鹿な話だ、この少年はロニ・ファティマではない。ましてや生まれ変わりでもない。魂の転生はラカンやエリィのように選ばれた存在だけの事象だ。そのほかの魂は、おそらく原初の混沌に一度還り、完全に形をなくしてまた新しい魂の形を与えられてくる。まったく同じ魂など存在しないはずだ。
つまりは遺伝子のイントロンには空隙があるだけ、それが同じ魂だとしてもなんの意味もありはしないのだ。
あれからずいぶん長い時が経った。そして、待ち続けた時間が目前に迫りつつある。一人でその時を待つことが辛かったといえば嘘になる。五百年は長い時間だ。たとえカインや法院、ソラリスの外にはシェバトの生きながらえた者どもがいるとしても、カレルレンの意思を理解するものはこの世にいないのだ。
わかるとすれば彼一人だっただろう。
――僕は、君だけは許せない。
五百年前、ロニにつきつけられた言葉を、カレルレンは思い出した。
あれが、ロニから貰った最後の言葉だ。そのあと、二人は二度と出会うことはなかった。ロニはアヴェ王国を建て、死ぬまで戦い続けたという。ディアボロスの時代が去ったあと、ロニ・ファティマがただ一人生き残ったことは知っているが、その時のカレルレンはこのソラリスで生き残ることに必死で地上にかまける暇はなかった。気づけばあの時代から百年が過ぎていたのだ。
どうやってあの男が死んだのか、気にならないわけではない。だが、彼は王だった。アヴェ王国などない頃から、いかなる戦でも彼の金の髪は王者のしるしだった。あれほど瀟洒な容貌で血なまぐさい戦地の似合う男はいなかっただろう。
地上の王国こそあの男の望みだった。そのために、彼はソフィアが死のうと、カレルレンとラカンが裏切ろうと、そして弟を失おうと毅然として戦い続けたのだ。
それは人間として正しい生き方なのだろう。砂漠の中の一粒の砂であることがあの男の信条だった。人は生まれ、死ぬまで戦い続ける、ただその営みをこなすことが彼の生きる道だった。
だからこそ彼はカレルレンを許さないと言ったのだ。
ディアボロスの混沌の時代、ロニたち主兵力の不在を狙ってシェバトに襲いかかったカレルレンは、ナノマシンを用いた復讐を成し遂げた。ソフィアを殺したシェバトに、それはカレルレンによる裁きだった。
ロニは間に合わなかった。今しもシェバトを去ろうとするカレルレンに、ようやく追いついて、なにがあったのかすべてを悟った。すれ違いざま、険しい顔でカレルレンを見つめて許さないと口にした。
あの顔を見たときの感情は言い表せない。怒ることのできるロニにカレルレンは羨望したし、二度とお互いの道が交わらないことに哀しみも覚えた、そして奇妙に安堵した。
それはロニも同じだったかもしれない。
なぜあの時、双方とも剣を抜かなかったのか不思議だ。
あの瞬間は、カレルレンがおそらく人として死ぬことのできる最後の機会だっただろう。あの時、あの男に殺されていたのなら黙って死んだかもしれない。ソフィアの名を呼びながら、血を流して死んだかもしれない。
今はどうだ、ここまで生き延びてもう女神の夢など見ない。まとわりつくアニマの声は耳障りなだけだ。
(だが……ロニ。私が生きるには、これしかなかったんだ。私が本当に、生きるためには)
カレルレンは少年の横たわる台の傍らまで数歩歩き、手をバルトの頬に触れさせた。そこには確かに、生きて血の通う肉体のぬくもりがある。
幾百億の人間たちと同じように、この少年は(ここからうまく逃げ出せるなら)年月とともに老いて、そして当たり前のように死んでゆくだろう。金の髪と碧の瞳を子孫に遺し、死んでゆくだろう。それが生きるということなのだ。
カレルレンは踵を返すと、ふりむきもせずに部屋を後にした。彼が生きるために、彼の目指した未来のために、そして今や至ろうとする時のために。
時間が迫っている。閲兵式は、もうすぐだ。
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