――決着は僕自身がつけに行くよ。
バルトは、ビリーのそのセリフを複雑な気分で聞いた。確かに戦力としてビリーが加わってくれるのは有難い。頼みの綱のフェイは、さっき目を覚ましたばかりだったから。正直、自分たちだけでは心もとないと感じていたから、ビリーが臆すことなくスタインと対決すると言ってくれて助かったところがあった。
でも、ビリーの心中を考えると戦わせたくない気持ちもある。
見ていて忘れられないのは、ウェルスを倒すという善行がただの偽りで、少年が人の命を屠っていただけに過ぎないと知らされた、あのときの顔だ。
それは一瞬だった。ビリーはすぐに気丈さを取り戻したが、それが時々ぎこちなくなることにみんな気がついていた。
だから、スタインと決着のつけられそうなこの局面でビリーを出していいものかどうかバルトは迷った。戦いの最中で気弱になられては困る。
出る直前のコックピットで、バルトはビリーに話しかけた。時間はなかったが、それでも確かめておくべきことだ。
「おい、大丈夫なのか?」
「……僕の名前はオイじゃない。ビリー・リー・ブラックだ」
冷たい目で、少年は応えるが、その仕種に動揺は隠せなかった。
バルトの心配は、たぶん杞憂ではないはずだ。そのビリーの戸惑いは、命に関わる戸惑いだった。
「大丈夫なのか?」
「なにを、だよ」
「戦えるのかって聞いてんだ」
「戦うよ、それしかないだろ? 君、あの変態と和解できると思っているの?」
「そういうんじゃねえよ、俺が言ってる意味はわかるんだろ?」
ビリーは静かに、怒りも冷たさもない静けさで、バルトを直視した。
「僕は戦うよ」
「でも、……おまえにはまだ迷ってるところがある。悪いけど、俺は人を見る目だけは養いまくってきたんだ。おまえ、自分が人殺しだってことに納得いってねえんだろ? そんなんで、あいつを殺れるのか? 決着をつけるって、スタインを殺すことなんだぜ?」
「僕はそんなことで負い目に感じたりはしてないよ、悪いけど」
ビリーは確信を持っているように言ったが、それは嘘だとバルトにはわかった。けれど、ビリーにとってはその嘘こそが必要だった。彼は、自分を嘘で強くさせようとしていた。
それだけの決意があるのだ。納得いかないことも、嘘で目隠ししなければならないほどの怒りと憎しみが少年の内にあるのがわかった。
たぶん、ずっと信じていたストーンという司教の嘘に騙されてきたからこそいま、ビリーは別の嘘で自分を強くするしか道がないのだ。その司教への捨て切れぬ信頼に、嘘をつくしかないのだ。どんなに心が震えても、銃を握る手が震えないようにするために。理性と感情のちぐはぐさを、ビリーは嘘で誤魔化して戦おうとしていた。
葛藤して苦しむのはあと回しに出来るという、ごくごく合理的な判断が働いているようだった。それにどうやら、戦わないという選択肢がビリーの中にはないらしい。そういえばここまで、彼は自分の力でなにもかもを切り抜けてきたようだから、自分で戦うのは当たり前のことなのかもしれない。
たぶん、ここで自分で出ないと、駄目なのだ。嘘で完全防備して、あの司教を倒さなければならないのだろう。
「あいつを殺すのは僕だ。その心配は、余計なお世話だよ。でもバルト、……ありがとう」
ビリーは自分に言い聞かせて、レンマーツォにむかった。その歩みはゆるぎなく、迷いがないように見える。
それは嘘だったけれど。
本当は、不安と苦しみでいっぱいのはずだった。それでも自分自身にすら嘘をついて、ビリーは行こうとしていた。
「ビリー! 力は、貸すぜ」
バルトが呼ぶと、もうずいぶん進んでいたビリーは、それでも振り返った。
「ありがとう」
ビリーの屈託ない笑顔を見て、バルトも自分のギアにむかった。
コックピットにはいったとき、ビリーから通信が入った。
「バルト」
「聞こえてる」
せわしなく数値を確認しながらギアを起動させながら、バルトは言葉を返す。
「迷いがないっていうのは嘘だよ、バルト。でも僕は戦う。戦うのが僕の道だ。あれは僕にとってのウェルスなんだ。僕の人生にとりついた悪霊だ……! 人じゃない。だから殺す」
ウェルスが悪霊だ、というのが司教のついて来た長い長い嘘だとすれば、ビリーの言ったストーンへの憎しみもまた、長い長い嘘になるのだろう。ビリーが戦っていくための、この苦しみを、乗り越えていくための。
嘘には嘘で戦うしかないのだ。それがビリー・リー・ブラックの行く道になるのだろう。バルトはそれを感じて、少し悲しくなって、それでもバルトもその悲しみを戦意という嘘で隠して、ギアを立ちあげた。
「出るぞ!」
「こちらも準備はオーケイ」
嘘は嘘で相殺され、残るのは本当の思いだけであることを願わずにはいられなかった。そのために、彼らには戦うことが必要なのだ。
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