速度
 少しずつ、目的地に近づいてゆく。少しずつ? いいや、60レプソルといえば人の歩く早さの十二倍だ。それは決してゆっくりではない。そう、それは恐ろしいほどの速さだ。死へむかう速度としては、とてつもなく速い。少なくとも、死を望まない者にとって、死へむかう速度としては。
 艦橋のモニタには、刻々と迫り来る目的地が表示されている。おそらく地獄となるだろう戦場、おそらく生きては帰れぬだろう戦場。ソイレント。総力を挙げてその死地へむかおうとしているこの艦は、恐ろしい速度で進んでいる。
 唸りを上げる機関の音を聞きながら、ロニはただ立ち尽くしていた。
 艦橋へやってきた彼の弟は、兄の傍らに立つと、やはり同じようにモニタを見上げた。
「明後日の早朝にはあの中か……」
「ああ、そうだ」
「何日戦えるかな?」
「どうかな……補給がまともに来たとしたって、一月。けど、来ないんだろうな。いい加減、シェバトはゼファーを見捨ててるからな」
 ロニはその類稀な碧い瞳で弟を見た。レネは、兄のいつになく真剣な眼に不安を覚えた。
「僕は間違えたかもしれない」
「ここに来ることを承諾したこと?」
「いいや」
 ロニはまた、モニタのソイレントを見つめた。
「ソフィアを選んだことだ。彼女を地上の偶像にすることを選んだことだ。僕らは間違えた。彼女は、たとえ偶像になりうる人間だったのだとしても、選ぶべきではなかったんだろう……」
「けどそれは、兄貴だけが決めたことじゃないだろう。ソフィアも選んだ。他のすべても。それは、必然だったように俺には見えるぜ」
「ああ、たぶんそうだったんだろうな。それに、いまさら遅すぎる」
 ロニは苦笑して、そうして食い入るようにモニタを眺めた。
 後方の遥かかなたには美しいニサンを残し、彼らは死の中へ飛びこもうとしていた。ソラリスという形の死。あるいはもっと、むごたらしい形をした。 もはや後戻りの許されぬ戦場、死ぬまで殺し続けなければいけない、戦場へと。――





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ゼノリハビリというか、オフ用のネタ考えていた副産物。ファティマ兄弟が好きだ……!!(050831)

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