おうじさま(シェバトで着替え!)
 なんだか、どんどんバルトは綺麗になっていく。そんなふうにフェイは思った。綺麗、などという表現は自分と同い年の男にむかって言うべき言葉では全然ないはずなのだが、それに着ている服がただ変わっているだけなのだが、そんな気がするのだった。
 バルトは、部屋のむこうでしかめっつらをしたまま、皆にされるがままになっている。賊の首領といったほうがふさわしい格好から、王子様に変えられていた。
 よく出来た人形のようだった。大きな窓からさんさんと光がふりそそぎ、その下で光に照らされている。梳かされた金髪がきれいだ。
 フェイは、椅子に座ってその様子を眺めていた。普通と反対むきに腰をおろして、背もたれに腕をかけて寄りかかるのは、行儀は悪いがとても楽な姿勢だ。
 そうして見ていると、バルトのしかめつらが時々、まじめにひきしめられるときがある。疲れてしまって、なにも考えていないだけに違いないのだが、そういうときには元の造作がいいのは得だ。賢くて気品に溢れた、王子様がそこにいる。
 それは、シェバトを訪れた折に、バルトが長老会議から『アヴェの代表者として』晩餐会などというものに招かれたときのことだった。晩餐会に招かれたというのを喜んだのは、ユグドラシルではメイソンひとりだけだ。この忙しい最中に、と皆はため息をついたのに。
 ――やはり粗野な生活だけではなりませんな!
 バルトがいつもの格好で行こうとしたのには、さすがのシグルドもひきとめた。それで、皆でよってたかって、彼をそれ相応の格好に着替えさせているところだった。
 ああでもない、こうでもないとアヴェ側としても慣れないことだけに試行錯誤も一筋縄ではいかない。バルトの立場や、シェバトの関係やら、そういうことを踏まえて、どんな格好がふさわしいか皆が真剣に考えているようだった。
 バルトは本当に、ただの服掛け人形になっている。
 四回目に来た服を、シグルドが「やはり派手すぎます」と却下したとき、バルトはとうとう痺れを切らしたのか、フェイを呼んだ。
「フェイ、そんな隅っこで見てないで、こいつらどうにかしてくれよ」
「だって……きっとすごい大事なことだと思うぜ。バルトにはどうでもよくっても」
「おまえだって、わかってねぇじゃんか」
 ふてくされたような物言いは、まわりの大人たちから相手にもされていない。シグルドもメイソンも、「ちゃんとした身なりになることは云々」とか、その類の説教は言い飽きたのだろう。
 バルトも本当は、サンドスーツで晩餐会には出られない、ということはわかっているはずだ。ただ、この着せ替えが面倒くさいだけで。
 五度目に持ってこられた衣装は、青いスエードのスーツで、全体はぴったりとしているのだがひらひらとした縁取りがついている。……ひらひらは、もう少し的確な呼び方があるような気がするが、フェイには興味がなかった。
 ――シグルドたちも、よく飽きないよなぁ。
 なにしろ、とりあえず一揃い、靴から持ち物からすべて整えたあと、最後にシグルドが「やっぱり駄目」というのをくりかえしているのだ。どうやら彼は、妙な完璧主義者らしい。
 ――バルトも気の毒に。
 それでも趣味は確かなのか、どれもこれもバルトにはよく似合った。ただ、バルトに似合ってもシェバトに似合わないとか、今の時期にはどうかと思うとか、そうなってしまうだけで。
 着替えながら、もうこれでいいよとバルトが呟いている。
「そうなるといいですね」
 シグルドの返答はそれだけだった。
 スーツはやはり、バルトに似合ってる。派手すぎず地味でもなく、それにうまいことバルトを大人っぽく見せている。フェイは、俺ならこれにするけどなぁ、と思った。
「いかがですかな、シグルド様」
 メイソンの問いかけに、じっくりとバルトを眺めたシグルドは、こう言った。
「こう、機能性に欠ける服、というのは……いざというとき不安だな」
 五着目も、駄目というわけだ。……
「ああっ、もう、いい加減にしろよ!! どーせ俺は、なに着たって似合わねーよ!!」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
 シグルドは心ここにあらず、といった容子だ。おおかた次の衣装でも考えているのだろう。バルトはつくづくげんなりした顔をして、服を脱ぎにかかった。
 似合ってたのに、もったいない。そう思いながら、フェイはやっぱり見ているだけだ。
 あまりにもひどい脱ぎ様に、ぼんやりとしていたシグルドも、メイソンも慌てて手を出している。バルトの、気の強い「ひとりで脱げる!」という声。はたから見ていると、すごくおかしい光景だった。
「……フェイ」バルトがもみくちゃにされながら、「なに笑ってんだよ」
「なんか、楽しそうだよな、みんな」
「どこが楽しそうなんだよッ!」
 もちろん、遠くから見ているから楽しいのだ。フェイだって、とてもではないがきせかえ人形の立場にはなりたくない。
「バルトってさ、なんでも似合うし」
「嘘つけよ」
 むうっとした表情を作り、あたりをぐるりと見回したバルトは、とんでもないことを口にした。
「晩餐会とかいうのさ。俺、フェイと一緒に行くぜ」
「……は?」
 急に名指しされ、そこに集まっていた一堂の視線が集まったのに戸惑いながら、フェイは間の抜けた声を出す。
「だって、フェイのおかげでこのシェバトは助かったんだぜ。こいつが行って、悪いなんてことはねぇよ」
「若、そういう問題では……」
「フェイが行かないなら俺も行かない!」
 そう言いながら、バルトはいつの間にかフェイの傍まできていた。シグルドにむかって駄々をこね、まるでフェイが味方のようなそぶりをする。
 機を逸しては、シグルドやメイソンたちに言いくるめられ、自分もきせかえ人形になりかねない、と察したフェイは、反対した。
「やだよ、俺……だいたい、服もないし」
「それなら」シグルドは、ともかくバルトの駄々を辞めさせたいのだろう、……とんでもないことを(少なくとも、フェイのことはまったく考えていない様子で)言い放った。「こちらで用意できる。心配はない」
「では決まりですかな」
 柄にもなく人の悪い笑みを浮かべて、メイソンがうなずいた。
「えっ……」
 拍子の抜けた声を出したのはバルトの方だった。フェイは、その一瞬の空白を利用して椅子から立ちあがった。
 ――冗談じゃない、絶対にイヤだ!!
 扉の近くまで駆け出したところで、バルトの体当たりを受けて、二人とも床に転がった。大人たちの盛大なため息もなんのその、バルトはフェイをにがさじと必死にしがみついてくる。
「フェイ、逃げんなよ」
「俺はいいなんて一言も言ってないからな!」
「その場のなりゆきってやつだろ! 無関係でもねぇんだから、来いよ!」
「いやだいやだ、なんで俺がいかなくちゃいけないんだよ!」
「なりゆきっていっただろ! 面白がって、俺の着替えを見てる方が悪い!」
 無茶苦茶だ! とフェイは抗議したが、残念なことに彼を支持してくれる人間は、ここにはいなかった。
「さぁ二人とも、あと三時間しかありません。遊んでないで、早く支度を」
「ほら、フェイ!」
 シグルドの声に、がぜん元気になったバルトはフェイを引きずり出す。時間が三時間「しか」ないとはどういう意味か、問いただすのは愚かな行為だ。その三時間「しか」ない時間がどう使われるのかはわかりきっている……
「じゃあとりあえず、若はこちらで……フェイくんは」
 シグルドはなぜか嬉しそうに、服を選びはじめた。王子様になる自分の姿というのは、ひどく笑えない冗談だった。





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