君の闇に触れさせて - 5
 早朝に出艦し、到着までは半日ほどだった。ソラリスの妨害が入る可能性は高く、全員が戦闘体制を怠っていない。ロニも、艦橋に待機していた。あと二時間ほどという頃、シェバトは陽動部隊とソラリスとの間で戦闘が始まったことを伝えて来た。有難いことに、こちらはまだ気づかれていないらしい。
 ロニは艦橋に主だった人々を集め、それを説明した。最後に、カレルレンにむけて口を開いた。
「君のギアの値が悪いとドックから連絡が入った。整備工が気にしてるんだ。どうも、この艦の波長と合わないようだから、調整してくれ」
「了解した」
 その言葉は、王室騎士団にはおかしく思われなかったようだった。昨日のパフォーマンスが効いているのだろう。解散すると、ロニはレネに艦橋を任せて、彼自身もドックへとむかう。カレルレンは既にギアのところへと足を運んでいた。
「やあ、カレル」
「どうした?」
「僕のギアで値を確認して、調整に使ってくれ」
「ああ」
 二人でアンドヴァリのコクピットに入りこむ。ロニは持参していたディスクをコンソールに流した。それは、以前にゼファーから手に入れたあのアニマの器のデータだ。データを少し見ただけでそれに気がついたカレルレンは、不審げにロニを見た。
「なんだ、」
「アニマの器が、今のところ僕の手にしかないというのはいい話だね。詳細な解析は僕じゃないと出来ないからね」
「どういう意味だ?」
「本当のことを言うと、これはたぶん……君のだ」
 カレルレンのギアの値を挿入すると、アニマの器のデータが高い値を示す。ギア・バーラーだ。つまり、アニマの器の同調者はカレルレンだということだ。……ソフィアではなく。
「なぜ、ソフィア様のだと」
 カレルレンは驚いているようだった。まさか自分が同調者になるとは思っていなかったのだろう。ソフィアならば能力の値の高さは群を抜き、だれもが納得する。それこそが、人々の目を曇らせていた原因でもあった。
「君のだと知られると、たぶん妨害されるんじゃないかと思ってね。
 ソフィアが行くのならば、君が来るのは必然だろう? 同調すれば、こちらのものだ。それに、ソフィアのものというのもあながち嘘じゃない。ソフィアのデータでも、かなり高い値を示すんだ。でも、たぶんアニマの器は君を撰ぶ」
「……そんなことに貴様、ソフィア様を連れ出したのか?」
 カレルレンの声は次第に怒気を孕んで来た。もちろん、ソフィアを利用されて怒るのは当然だ。この作戦はかなり危険なのだ、そのためにソフィアを連れ出すのは、確かに危険過ぎると、ロニも思う。
「ソフィアも承知だよ」
「いつ話した?」
「ソフィアのものだと君らに話して、直ぐだよ」
「……あの人は……!」
「ソフィアらしいと思わないか」
「実にあの人らしいさ、だからこそ止めるべきなのに」
「今回の場合、君の立場のほうがずっと危うい。
 シェバトにとって、近頃の君は出来過ぎて目障りだろう。ましてやギア・バーラーが君のものになるのを手をこまねいていられない筈だ。次は是非ともシェバトのものにしたいと思っている。ソフィアなら、彼女自身が僕らほど戦地に出るわけじゃないから、大きな影響はない。でも、君は力を持ち過ぎる。 アニマの器に同調してしまえば消すわけにはいかなくなる。あれは、代わりを探すのは骨が折れるからね。けれどそれは、同調する前になら消せるという意味でもある。彼らにすれば、僧兵隊長は別の人間でも代わりがきくのさ。だが、僕らにすれば君に死なれると困る。個人的な感傷はなしで、ね」
 カレルレンはまだ少し腹を立てている容子だ。
「ソフィアは僕らが守る。それこそ命に代えてもね……君はだから、ただひたすらにアニマの器を目指せ。それが、君の使命だ」
「……承知した」
 うなずく声は、直ぐに問いただす声に変わった。
「ゼファーを乗せたのは、人質か」
「ああ。なかなかうまい謀略だろう」
 ゼファーはあれでも王位継承者だ。見捨てるわけには行くまい。これで、シェバトとニサンは緊張感のあるよい関係を保ち続けるというわけだ。シェバトとは険悪になっては困る。ソラリスを前に、内部分裂するわけには行かないのだ。
 カレルレンは、少しだけ面白そうに笑う。
「旅団長は面目丸つぶれだな」
「更迭くらいされてほしいものだね」
「そうしたら次はもう少し上が出て来るぞ」
「僕らの格が上がったというものだ」
 彼らを取り巻く状況は大きく変わる。
 ロニ・ファティマが今までうやむやにして来た立場がはっきりと、シェバトよりではなくニサンよりだということが明らかになる。それを見せつけることが、ロニ自身の今回の目的だった。シェバトと相容れないことも端からわかっていた。ただ、シェバトには力があった。その大樹の傍で、力を蓄えるのはもうお終いにするつもりだった。
「おまえもここまでうまく立ち回ったのに、いいのか?」
「もう動き出したことだよ。そろそろ化けの皮をはがしたっていい……未だに、僕の力を認めない奴もシェバトには多くてね。単にシェバトの寄生虫だと思っている奴もいるし、従順な手足だと勘違いしている奴もいる。でもね、飽きて来たんだ、あいつらのごっこ遊びに付き合うのも。
 そろそろ思い知らせてもいい頃だろう。シェバトあってのニサンではなく、ニサンあってのシェバトなのだとね」
「ファティマあっての……ではなくか?」
「僕らは僧兵なんだぜ、隊長」
「ソフィアの命はもっと危険になるな」
「彼女に今回の話をしたとき、なんて言ったと思う」
「察しはつく」
「いつまでもこそこそとしていられない、だってさ」
「……まったく」
 カレルレンがため息をつく。予想通りだったのだろう。
 コックピットを出るとき、カレルレンは呟いた。
「そうだ、ロニ。今の件で、私を懐柔できたと思うなよ。……ソフィアをわざわざ連れ出した貴様の意図、見抜けていないと思うのか?」
 そう言われて、ロニは苦笑した。
「勘繰り過ぎだ」
「それならいいんだがな」
 ……信用は、彼らの場合一番最後に来るものだろう。彼とは友人だ、だが、それなのに信用していない。
 睨み合っているとも見詰め合っているともつかない緊張は、響き渡る戦闘を告げる警報で途切れた。無線を手にして、ロニは艦橋のレネに声をかける。
「どうした」
『後方より三機のギア発見!』
「他に機影は?」
『ないな。偶然引っかかったみたいだ』
「運がないな。僕とカレルがギアで出る。戦闘を終了したら、僕らを収容次第、速度を120パーセントまで上げろ。機関部に準備をさせておけ」
『了解』
 通信を終えると、二人はそれぞれのギアに走り出した。むこうがどう本国に連絡を取るかは知らないが、北の島で作戦中にソラリスとぶつかることは確実になるだろう。シェバトの陽動作戦も、こうなっては意味がない。
 北の島へは、そうして予定時より少しばかり早く到着した。ソフィアを含め、ニサンの僧兵をアニマの器が眠る洞へとむかわせ、ファティマとシェバトの戦力はその外でソラリスの軍を待った。
 このポイントに派遣できる軍はそう多くはない筈だが、アニマの器があるとなればソラリスも死に物狂いになるだろう。
 ――でも、アニマの器を手に入れる場面に居合わせられないのは残念だ。
 これがなにか、乗っているロニも知らない。終わればカレルレンが知らせてくれるかもしれなかった。





 やがてソラリスとの戦闘が始まり、損耗が見え始めた頃、ニサンの兵力が戻って来た。極端に値の高いギアが一機。レーダーで確認しながら、うまくいったらしいことを察してロニは安堵した。
 後は、このソラリスの軍を蹴散らすばかりだ。
 速力を上げてここまで来たせいで、旗艦からの援護は期待できない状況だった。ロニとカレルレン、二つのギアによるところが大きくなる。
 ロニは自分の機体の能力値が上がって来ているのに気づいた。アニマの器同士で相互の干渉作用があるのだろう。自分とギアの同調値が上がっていないにしては、値が大き過ぎた。
 ソフィアからの通信が直ぐにあった。
「終わったかい」
『ええ。でも、少し気をつけて。カレルレン、コントロールが難しいらしいから』
「それは僕にも憶えがあるから、大体わかるよ」
 ギア・バーラーは心を繋げる。一朝一夕に乗りこなせる機体ではない。それでも、カレルレンのギア・バーラーはまるで鬼のようにソラリスの兵を撃墜していく。調子が良過ぎると懸念して、ロニも早いところ決着をつけようとカレルレンに並んだ。
 ……そこに命があるということを忘れるくらい、簡単に戦闘は終わった。こんなにギア・バーラーの操縦が軽かったことは今までにないくらいだった。
 退いて行くソラリス軍を見送り、皆が艦に戻る中、カレルレンのギアは停止して動かなかった。夕闇に色を変える彼のギアは、アニマの器と同調して明らかに形状も変わっている。ロニは、その傍にギアを降ろすと、カレルレンが反応するのを待った。
 シェバトの人間は、先に艦に戻って大騒ぎをしているようだった。カレルレンがアニマの器と同調したということがどういう意味か、彼らにもわかっているのだろう。ゼファーを含め、ロニが彼らを偽ったとまで思ってないかもしれなかったが。
 カレルレンのギアの通信は完全に遮断され、呼びかけにも応じない。しばらくしてから、ロニはいま少しギアを進めて、ハッチを開けるとカレルレンのギアへ飛び移った。直接たたくと、少ししてから、ハッチが開いた。
 カレルレンは、途方に暮れたような珍しい顔でシートに座っていた。
「カレル、平気かい」
 夕陽が直に入りこみ、カレルレンは眩しそうに目を眇める。そしてようやく、一言つぶやいた。
「おまえ、こんなものに乗っていたのか……」
 それがどんな意味か、幾通りにも考えられる。それでも、その途方に暮れた容子からして操縦が難しいとか、そんなものではないのだろう。あのアニマの器を目覚めさせたのはロニではない、……だから、かすかな違和感でしかないなにかは、カレルレンにとってはもっと大きいのかもしれない。
「あの『アニマの器』は残念なことに僕のじゃないんだ。だから僕にわかるのは薄っぺらなことだけだ」
 それを聞くと、カレルはロニを見て複雑な顔をした。どことなく悲しそうな、それでいて苦しそうな、それでいて……どこか優越感を持ったような。カレルレンは困惑しながら喜んでいるように見えた。
「わからないのか……」
 カレルレンは額を抑え、嘆息した。
「ああ。僕にはね」
 ニサンとシェバト、そして彼らを取り巻く均衡は大きく様変わりをする。だが、それだけではないなにかが変わったような気がした。言い知れない不安を感じ、ロニは自らのギアを見る。見ただけでは変哲もない機体なのだ。なのにそれは、そこになにかを宿している。
 それはときおり、心を持っているように蠢く。ロニはそれを、ほんの少し感じるだけだった。けれどカレルレンには違うのか。ロニは、ただこのアニマの器を力としか評価してなかった自分を悔やんだ。これはそれ以上の、なにかなのだ。ロニには、それがなにかを知ることはないのだろうけれど。
 カレルレンは頭を振り、口を開いた。
「戻ろう、ロニ。無駄にしている時間は、なかったな……」
「ああ」
 ロニはそれに、頷くことしか出来なかった。





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ロニがカレルを殺せない、と思っているので、「ロニ・ファティマ」とか「ノーライフ・ノープライド」で、最後の別れのときにロニはカレルを殺さないのね。……これは初期構想なのだが、近頃すっかり忘れていました。この間、「ロニ・ファティマ」を書き直して、その上でこれを書いていたら思い出しました。うっかりロニが殺すのどうの、というシーンを削りそうになっていたのですが、危うかった。それはロニカレクロニクル的にものすごく必要なエピソードだった……
それとまあ、「架空の森」でカレルが語った「ごめんなさい」という言葉はここでささやかれたもので、だからカレルもいつまでも出てこなかったんだ。
ゼノ史上、一番長い話になりました。今までは「最後の花火」が最長だったんだけど。
これかいていたら、本当に色々書きたくなってきてしまいました。昔の妄想とか、思い出しすぎ!(040731)

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