花の冠
 大陸の北、平原の片隅にファティマ兄弟の家があった。小高い山の麓にあって、領地は広くなだらかにひろがっている。ファティマ兄弟の家、というよりも正しく言うと、この家の主人はレネ・ファティマの祖父であって、ロニ・ファティマも我が物顔で自然と加わっている、といったほうが正しい。
 時々、骨休みをしたくなるとこの穏やかな土地に戻るのだという。あたり一体は領地で牧草地であったり、整えて花畑になっていたりした。人を雇っていくらかの栽培もしていて、豪奢ではないが豊かな屋敷だった。
「ここに来ると、僕も安らぐんだ。そして思うんだ、あんなブレイダブリクの街は親父には息が詰まるだけだったんだろう、そこで待っている母さんのことを考えるともっと息苦しくなったんだろうってね。あとで御夫人に会わせてもらうといい。とても穏やかで優しい方だから」
 そう言いながら、ロニはカレルを散策に連れ出した。レネや連れてきた他の友人たちは馬に乗って遠乗りに行ってしまっていた。ロニやカレルよりいくらか若い者が多く、無理して彼らに付き合うことはしなかった。
「いいところだな」
「そう思うだろ。あっちに特等席があるんだ。昼寝でもしよう、なにしろ花畑だからね。荒らさないように馬も入ってこないのさ」
「それはいい」
 二人で合意して、なだらかな坂を下り、丘の下に広がる花畑に出た。花畑、といっても自然の草花が咲いているばかりで、手入れされているわけではないようだった。名もないような野の花が、小さな花を微かな風にふるわせていた。
 思い思いにその中に横たわり、くつろいだ。
 色々な話をしながら……戦争の話や血なまぐさい政争の話はどうにもふさわしくないので避けて、とても穏やかな噂ばかりを選んで言葉を交わした。こんな時代でも、尽きないほどにそういった話題はあるものなのだ。
 それでも、そのうちそんな柔らかな気遣いにも飽きたのか、ロニ・ファティマは会話もそっちのけで器用に花でかんむりを作りだした。白い野花を編みこんで、あっというまに可愛らしい花冠ができあがった。
「カレル、ちょっと起きてくれよ」
 カレルが起き上がると、その髪の上にゆっくりと冠をかぶせた。
「似合うなあ、かわいいよカレル」
「おまえな。……」
 少し呆れながら、無邪気に喜ぶロニを見た。カレルの髪を手ですきながら、ロニは満足そうに笑っている。
「いやかい? いやなら僕がかぶるよ」
 そうは言うものの、自分から手は出さなかった。仕方なしにカレルは自分の頭から花冠をはずして、丁寧にロニの頭にはめた。それでも小さい白い花びらが散って、金の髪の混じった。
「……なんだ、意外と似合うじゃないか。かわいらしい」
「君がそんなふうに言うの、珍しいね」
「嫌がらないんだな」
「割と嬉しいよ」
「本当か?」
 尋ねると、ロニは満面に笑った。
「本当だよ。嬉しいね。それに、花の冠くらいで似合うの似合わないのこだわっていたら、黄金の冠はさぞ重く感じるんだろうね」
 そう言って花びらをいじっている。カレルは、彼の顔をじっと見つめた。碧い瞳はいつものように感情を映さない、とても穏やかで。
 どういう意味だ、と問いたくなった。別段、それを咎めるような仕草をロニはしない。
 それでもカレルは聞かなかった。答えはわかっている。ただの比喩だ、と彼は言うだろう。
 カレルが黙っていると、明るい声でロニは言った。
「僕に見とれてるのかい?」
「おまえな」
 呆れるふりをして、唇を重ねた。小さな花畑に似つかわしい軽やかな口付けをした。ロニが唇を離すや否や、言った。
「ねぇ。お願いがあるんだけど」
「なに、」
「もう一度かぶせてくれる?」
 白い花の冠を。
「立ち上がって。それで、こういうふうに冠をさしだして……」
 彼自身は片膝をつき、カレルの前に頭をたれた。そしてカレルはもう一度、冠をはめた。黄金の冠を下賜するように、そっと。そのはめた手を取り、ロニは口付ける。
「……ありがとう」
「いや、いいよ」
 それからまた、思い思いに花畑の中でゆっくりと時を過ごした。日が暮れて戻る頃になってもロニが冠をはずしたがらないので少し言い争いをして、結局カレルがむしりとって壊してしまった。
 手の中に残った花びらを見て、何度も何度もロニがため息をつく。
「はあ、君にはロマンってものがない」
「おまえにないのは恥じらいだ」
「はあ」
 ため息をつきたいのはカレルのほうだった。それでも引きちぎってしまったのはカレルだったし、折れて(少なくともカレルはそのつもりで)キスをした。
「誤魔化されないぞ」
「ふうん、ならいらないんだな」
「くれるものならなんでももらうよ。誤魔化されないけどね」
 ロニにひきよせられて、またキスをした。ロニの髪からはかすかに、甘い花の蜜のにおいがした。





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春らしいお話でどうでしょう。そんな中にもかっこいいロニ。今回はかっこいいカレルも目指した。
やっぱりロニカレはなごむわぁ。……

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