久しぶりに、彼があたしに会いに来てくれたの。しばらく見かけないうちに、なんだか少し痩せたような気がする。高い頬骨、磁器のように完璧なその膚の色、自然にも創り出せない煌くばかりのプラチナ・ブロンド、天の色素を一滴こぼしたような透明な青い瞳、長身と、つりあいのとれた長い手足。痩せたって、彼は完璧。痩せたというのは、彼のワイルドさを引き出したばかりで、ちっともマイナスになってない。
さすが、あたしの閣下。
きゃっ、「あたしの」閣下ですって。マイ閣下。所有格って、どうしてそれだけで痺れちゃうのかしら? この世の文法で最も崇高なものは、なんといっても所有格よ。言葉って偉大。ただの音の連なりなのに、とんでもないことを人に思わせちゃったりするのね。あたしの想像力も偉大だわ。だって「あたしの」閣下なんて……ああん、腰のあたりが震え来た。
「すこし、エンジンが振動を出していますね」
彼にむかって、あたしの目の前にずいぶん前から立っている整備工が言った。あたしになれなれしく手を回しているのもむかつくけど、ちょっと、閣下と身を寄せすぎなんじゃない? セクハラよ、セクハラっ!
「これでは、敵のソナーに発見されるのも早くなるな?」
「原因がわからないのでなんとも言えませんが……もし、熱の問題だけなのでしたら、通常、海水中でなら冷却作用が働きます。振動もなくなるはずですが……やはり、総点検した方がいいかと思います」
「そうしよう。おまえ、名前は?」
こいつ、ムカツクー!! あたしの閣下に名前まで聞かれてる。図々しくも答えちゃったりして! 閣下と見凝めあうんじゃないわよ!
「そうか。このあとの任務は?」
「いえ、ございません。自分はハイシャオの整備が現在の第一任務です」
「ならばいい。私の艦に同行せよ。出航後もハイシャオの整備に全力をかたむけろ」
「はっ、了解しました。光栄です、ラムサス閣下」
「出航は十五時間後だ。少なくとも、五時間前には乗艦しておくように」
「はっ」
こいつ、ついにそんなことになりやがった。なんて腹の立つやつなの。遠慮しなさいよ、遠慮ッ!
困ったわね。こいつはすごく腹立つ奴だわ。閣下に色目なんか使っちゃって、あたしが気づかないとでも思っているの!?
許しがたいわ。だからこいつの仕事なんか全力で阻止して第三階級落としとかしちゃいたい! でもそうすると、閣下があたしに乗るのも遠いことになってしまう……キャッ、乗るですって、はしたないわあたし!
乗るだなんて、あたしの閣下はそんな淫らな気持ちじゃないのよ。だって高潔で清廉で……でも精力的★
ああ、想像力豊かなあたしはもっと想像しちゃう……閣下があたしに乗り、そしてあたしの大事なところにまたがるとか……
あたしの大事なところはピンク。機体に使われてると同じ、可愛いピンクなの。いつもは、目の前にいるこいつよりもう少しましな整備工がいて、そいつにいつもピカピカにさせておいてる。閣下は乗るとき、そこを優しく愛撫してからまたがるのよ。
気に染まない娘っ子たち(たしか、エレメンツとか呼ばれてたけど)がまたがることもあるんだけど〜 そんなの、閣下がまたがることを思えば、どーってことないわね!
ああん、考えただけで、こ、腰が……
「おかしいですね、やはりエンジンの振動が」
「とりあえずは放って置け。あとは、乗艦後で構わん」
「はっ」
「ハイシャオはバランスのとれたよい機体だが、そのぶん気難しい。しっかり頼むぞ」
あー、閣下が行っちゃう……一度あたしの大事なシートをまたいでから行ってほしかったわぁ。こんなに震えているあたしを放って……これが世に言う、放置プレイってわけね。
ハイシャオ、それもたまんない〜〜〜!
「アアッ、またエンジンが……おかしいナァ。ハイシャオ、どこが悪いんだ?」
そう、あたしはハイシャオ。あたしは恋する潜水艦。
あたしにとって一番至福の時は、なんといっても閣下と二人きりになる時間よ。ハイシャオは一人乗りだもん。どうやったって二人きりになるの。おまけに、閣下はあたしの大事なピンクのところにまたがって……アアン、ぞくぞくしてきちゃった。
そういうわけで出航から三日目のその日、閣下はあたしにまたがって海底探索に出発〜!
詳しいことはわからないけど、なんでも、閣下の探している敵がこのあたりにいるらしいのよ。それで、あたしと閣下は力を合わせてぶっ潰そうってことらしいの。アアッ、血が騒ぐわ。なんといっても久しぶりの閣下との共同作業ですもの。愛ある二人に共同作業ってふさわしいものだわ。
まぁ不服なのは、今までも何度か見かけたあの副官が別の機体に乗ってついてくるっていうことだけど。でもそんなの、ハイシャオが全速力でまいちゃえば問題はないのよ! だいたいあんなこけしヘアーの女、論外よね。
そして深い深い海の底で、ハイシャオと閣下はふ・た・り・き・りv キャハv
……小一時間ほどで、敏感なあたしのレーダーが前方に不審な物体を感知したわ。長くて太いのよ。あれが潜水艦ユグドラシルとかいうやつね。エンジン音はバッチリハイシャオ・メモリーバンクに登録したわ!
褒めて、閣下!!
「よし、ハイシャオ……密かに接近するぞ」
嬉しそうに閣下がおっしゃったわ。そんなに喜んでもらえちゃってハイシャオもすっごいうれしいわー! そんなにぎゅっとハンドルを握らないで。ハイシャオ感じちゃうから。
『閣下、どうなさるおつもりですか?』
コケシ女からの通信がうるさいわね。切っちゃおうかしら? どうせ大したことも言ってないし、あたしと閣下の空間を邪魔してほしくないわ。
「うん? いい機会だ、撃沈する。ミァン、ついてこい」
通信をハイシャオが切っちゃったからコケシ女の返事はなかったわ。たぶん、そんな事は反対とか言ってるんでしょうけど、この世界では閣下の思いつきが一番なの。それに従うのが正義ってものよ。
だいたいハイシャオと閣下があんなただ太くて長いだけの潜水艦に負けるとは思えないわ。全体をサーチして見てるけど、水中では大した戦闘能力がないのよ。
「フフフ」
閣下が素敵な声で笑ったわ。
「今度こそあいつを……そうすれば俺はもうエルルのことを夢に見なくなる……フフフ……俺は強い、俺は強い、あんなやつは殺す……!」
かっこいい。そうよ閣下は強いわ!! ハイシャオもいっぱい頑張るから、閣下も頑張ってあいつら撃沈しましょうね!
「行くぞ、ハイシャオ……!!」
ええ! ああ、体が興奮でぶるぶると震えるわー!
あたしたちが接近していくと、敵艦からもなんかギアが出てきたわ。貧相な機体が三体。うーん、ハイシャオの敵じゃないわね全然。閣下もそう思われたみたいで、鼻で笑ったわ。
「あいつだ……今度こそ殺す……」
『カール、落ち着いて』
ハイシャオが切った通信に、コケシ女の声が割りこんで来たわ。
「ミァン……」
『本当に彼なのですか?』
「ああ、あの機体……この俺が見間違うはずはない!」
ちょっと、なんの話? 勝手に通信に割りこんでハイシャオのわかんない話しないでくれないかしらッ??
あの機体、といって閣下がレーダーの照準を当てたのは、ギアの中ではまぁ中くらいのかんじのやつだったわ。色は真っ黒でセンス悪いの。
もうニ体のうち一体はソラリス製の、ハイシャオに比べたらチンケだけど他の二体に比べればマシっていうやつ。ハイシャオと同じピンクだし、ソラリス製の気品というものがあるわね。……なんで敵が乗ってるのかはわからないんだけど。
もう一台は赤いみたいなんだけど……もうこれについては口にも出したくないぐらい下品で、ハイシャオは見たくもないッ! そう言うことで話を進めるわ!
その黒い奴は、ハイシャオたちにむかって威嚇のような動作をしたわ。でも水中で動きが鈍い。水中戦用機ハイシャオ様の足元にも及ばないわ。そして、閣下の技量が加われば無敵まちがいない!!
『待ってカール!』
コケシ女が止めるのも聞かず、もちろん閣下があんな女の言いなりになるなんてはずないのだけれどね、閣下は「行くぞ!」と叫ぶとギアの前に進んでいったわ。
閣下が通信を開くよう指示したのでそうすると、閣下はあの、ハイシャオがめろめろになっちゃう声でこう言われたわ。
「悪魔め……今度こそこの俺が貴様を沈めてやる!」
ああっ、かっこいい! 決まりすぎ! 閣下ナンバーワンよ!!
「死ねぇーーーーーーー!」
ハイシャオパーンチ!
ギア三体を薙ぎ倒して閣下もご満足みたい。
『しつこいな……オッサン!』
黒いギアからの無礼な通信が聞こえたわ。エッ、今なんて言ったのあんた。オッサンってだれのことよ?
黒いギアはすぐさま体勢を立て直すと、あまりの発言にぼうっとしているハイシャオの顔を叩いたわ。ちょっと卑怯よ! あたしはかなりのダメージを食らってしまったの。
閣下は平気かしら? あたしのピンクのあそこから転げ落ちちゃったようで、彼を感じられなくて不安がこみ上げてきたわ。
「クッ……この俺がまた負けるのか、この俺がぁぁぁ!」
『カール、無理をしないで。撤退すべきよ!』
「このままで引き下がれるかっ!」
内部モニターで閣下の様子をうかがったわ。シートベルトしてなかったから、床に転がってしまったようなの。もう、だからハイシャオにぴったりくっついてっていつも言ってるのに、聞きわけのないヒト。
あっ、血まで流れてる! どこか額を切ったのね!
でもそんな閣下も素敵! もっとぼろぼろになった姿も見てみたぁい。ハイシャオはもしかしたらサドなのかもしれないわね。
『カール、引き上げよ!』
「うぬ!」
エッ、なに、閣下? あのピンクのギアを引きずってこいって? ああ、やっぱり閣下はピンクが好きなのね、ハイシャオみたいなのが好みなんて、そんな遠回しに言わなくってもいつも撫でてくれるシートの感じでわかるのよ。うふ。
ハイシャオハンドを伸ばしてそのギアを引っつかんだわ。
ハイシャオはコケシ女と並んで母艦に帰るとき、不謹慎にも濡れちゃったわ。ぽたりぽたりとハイシャオの大事なピンクのところが濡れてたの。閣下の熱い涙だったわ。
「ウウッ、また負けたまた負けたよぅミァン〜〜〜!」
『帰ってゆっくり休みましょう、カール。怪我の手当てもしないとね』
ああ、閣下があたしの胸で泣いてるわ。愛する人を慰めながらハイシャオは進んだの。エンジンがぶるぶるゆってたまらない。閣下の啜り泣きがハイシャオにも伝わって、感じちゃうの。ああっ、たまんない!
あたしはハイシャオ。閣下に恋する潜水艦!
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南河径斗さまに差し上げていたもの。お気に入りなので、上げてみました。
さすがに、もはやなにを考えて自分がこれを思いついたのかは憶えていないのですが、それでも、これは私のゼノ史上一二を争う名作だと思う!! 径斗さんに差し上げようと思ったらもう、気合はいりまくって止まらなかったのよね。まさしくノンストップ・ハイシャオ。今回、手直しするところあるかなって思って読み返したのですが、手を加える隙が見つかりませんでした。さすが、ハイシャオ。(040727)
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