嘘っぽい愛の言葉を語ろうか
 寝るまでの短い間、好き勝手にすごす時間がカレルは好きだった。体を重ねるわけでもない夜は、カレルはスクリーンに膨大な情報を流してそれを読み取るのが専らだ。どちらかといえば、古臭い形をした本を読むのを好むのはロニのほうだった。昔は本を読むのをカレルも好んだが、最近はあまり時間を取れない。それに、カレルの研究などに必要な文献はほとんど本の形をしていなかった。
 ロニはこう見えても文学が好きで、どこから掘り出してきたのかわからないような、かび臭い貴重本に目を通している。中身を聞けばご婦人方が好むような宮廷ロマンスだったりして面食らうことがある。
 あまり会話はなかった。それでも、本を置いて唐突にロニが口を開くこともあった。
 その夜、ゲームをしないか、そう言い出したロニ・ファティマの顔は、いつもよりずっと娯しそうだった。なにかを思いついたときの彼の顔はいつもこうだ。幸せそうでたまらない子供の顔をしている。
「なんのゲームだ?」
 カレルが聞き返すと、ロニは答えた。
「我慢較べだよ」
「なんの」
 いささか意外な提案だった。根性を試すというのはちっともいまの空気にあっていない。
「笑ったほうの負けだ」
「笑う?」
「そう。死ぬほど恥ずかしい愛の告白をしてどっちが笑いを我慢できるか、較べるんだよ」
 カレルはそれを聞いてかなり乗り気にはなれず、肩を竦めた。
「その本にでも書いてあったのか?」
「全然、これは商人の教養小説だぜ。そんなものはさすがに載ってないよ。いま僕が思いついたんだ」
 どう、と言われてうなずけるような内容でもない。冗談じゃなかった。
「いやだ」
「別に本気で語れって言うんじゃない」
「誤魔化されない」
「お堅い僧兵隊長は口説き文句もあまり知らないからかな」
「そういう理由じゃない」
「じゃあ、聞かせてもらいたいものだね」
 にやにやとロニは笑っている。苦虫を噛み潰したような顔をして、カレルは画面を暗くした。察するに、読書にでも飽きたのだろう。ということは、そのくだらないゲームをしないまでも、しばらくは相手をしてやらなくてはいけない。
「君からはじめていいよ」
「そのゲームをするとは言ってないぞ」
「僕からはじめたら、君は笑い転げて反撃もできないと思うけど」
 いかにもありがちだ。カレルは仕方なく、腕を組んで考えた。ロニ・ファティマを笑わせるような愛の言葉と来た、いつも人を食ったような顔をしている男を笑わせるなど、かなり難しいはずだ(ロニとしては「いつもしかめっつらの僧兵隊長を笑わせるのは至難の業だ」と思っていたのだったけれど……怒らせるのは簡単だったが)。
 また考えこむカレルの様子を、ロニが面白そうに見ているのが気に食わない。えらく恥ずかしくなってきて、カレルは頬をゆがめる。
「……『おまえが必要だ』」
「色っぽくない」
「文句をつけるな」
「そんな言葉、君がニサンの僧兵隊長としてファティマ商会の会長である僕に言うんだとしてもありがちだろ」
「自信家め」
「そういう性格だからね」
 舌打ちして、カレルはロニを促した。
「おまえの番だ」
「そうだな、……『寝ても醒めても君しか見えない』。
 反応なし?」
「おまえがいつも言いそうな台詞だろう」
「少し心外だな」
 落胆したように言うロニににやりと笑い、カレルはまた少し考えてから口を開いた。
「『私がずっと探していたのはあなたに違いない』」
「『君がいるところならどこだって生きていける』」
 間髪入れないロニの言葉に、カレルはやおら彼の腕を掴んだ。
「『この手をずっと離さないでいてくれ』」
 なかなか会心の出来だと思ったのだが、ロニは余裕の笑みを浮かべてカレルの手の上に、さらに片方の自分の掌を重ねた。
「『うん、離さないよ』」
 満面の笑顔のロニに、カレルは悪態をついた。
「それ、反則じゃないのか」
「そんなことない。さ、君の番だ」
「……!」
 案の定、この恥知らずにはいっこうに効いてやいないようだ。もういくらめぐらせても告白の言葉など思い浮かびもしない。大体、ロニと違ってカレルはこういった類の語彙が極端に少なかった。
 下唇を噛みしめ、この野郎、と思って恨みがましくにらみながら最後の言葉を口にする。
「『愛してる』」
 カレルがそう言うと、ロニが吹きだすのが聞こえた。なにを考えているのだか知らないが、カレルの手を両手で握るかたちのまま、肩を揺らしながら笑い出す。
「くく、くく……! ストレート……!」
「なに笑ってるんだ……失敬な!」
「だって、そういうゲームだろ」
「ということは、おまえの負けだな」
 げらげらと笑い転げるロニの手を振り払い、冷たく足蹴にした。
「負けたからにはなんらかの覚悟があるんだろうな?」
「くくく……うん、そうだなあ、うーん、本気の告白をしてもらえる……とかどう?」
「馬鹿な遊びを続けるな!」
「じゃあ君が考えろよ。なんでもいうこと聞くからさ」
 そう言いつつ、ベッドの上で笑い転げているロニに、カレルはため息をついた。彼は枕をひとつ取り上げると、ロニの顔にむけて投げつけた。
「床で寝ろ!」
「わ、わかった……っく、くくくくく!」
「うるさい!」
 結局、ロニをベッドの下に突き落とし、灯りを落すのまでカレルの仕事になった。それでも暗闇でベッドの下から笑い声が響いている。なにがおかしいんだがわからない上に、笑われているのは間違いなくカレル自身なのでえらく腹が立つ。
 当分、ロニの話にはのらないことにしてカレルは耳を塞ぎ、ベッドの下に蹴りを入れてから眠りについた。





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