秋の風が吹き、草原は色を変える。青から白へと。深い緑の草原は、乾いて枯れ落ちるばかりの白茶けた野原になる。咲いた花は実をつけ、穂はたれて実を落とし、人の足がそれを踏みしだけば種子は地中に入り、次の春には新芽が出て来るだろう。
それが命のうつりゆき、そして今、大地を踏みしめるロニ自身の足も、その流れから無関係ではないのだ。風が吹くだけで、自分のすべてが大地に根ざされていることを思い知る。
だからこそ思うのだ、ああ、命というのは決して卑小なものではないのだな、と。
だれの声も聞こえなかった。遠くから聞こえてくるのは弔鐘だ。鐘は一度、ブレイダブリクで高らかに鳴り、もう一度、ニサンの地で鳴った。だが、この草原は死んだ青年が生まれた場所だ。三度目の弔鐘に籠められているのはひたすらの悲嘆、それだけだ。その純粋さに胸が痛む。ブレイダブリクではただ政治のことだけを思って悲しみなど出る幕もなく、ニサンでは遺された女司祭の胎に宿った子供のためにいささか救いがあった。
だがここは違う。
悲しみで胸がふたがれる。弟の死を、悼むことが長いことできなかった。死んだ彼の弔いを、ブレイダブリクで、ニサンで、くりかえしてきたにもかかわらず、悼むことがロニには許されなかったのだ。
最後まで彼のそばにいたたった一人の弟の、その死だというのに。
ソフィアが死んだとき、彼女の死を惜しみはしたが、感情はなかった。逃げればよかったのに。逃げ出せば生きていくことはできたのに。けれど、彼女は自ら、死ぬことを選んだのだ。聖女として死ぬことを選んだ彼女は、最後にこう言ったのだ、「私は自分がただの女のであることに負けたくない」のだと。そして彼女は勝ち、死んだ。だからなぜ悼んだりする必要があっただろうか?
だれももう残っていない。カレルレンはいない。ラカンも消えた(そしてレネが、その死をもってグラーフさえ遠ざけた)。
かつて、仲間を次第に亡くしていくときも、だれかが傍にいた。信頼した闘友はやはり、戦いの中で一人一人、死んでいった。自分が生き残っているのはむしろ不思議だ。なにかの条件が違っていたわけではない。全員が平等だった。なのに、生きているのはロニなのだ。
(……陽の落つる場所に、)
戦場で、戦いが終わるたびにそうつぶやき、ひざまずいて西にむかってニサンの十字を切る男がいた。そうしながら、男は自分が殺した人々の魂が、陽の沈むところへ聚まり次の命へむけて吹き流されているのを見送っていた。
レネの魂も陽の沈むところへとうの昔に流れているだろう。あまりにも時間がかかりすぎた。この、彼の故郷へ葬るためになんと長い時間がかかったことか。
それでも、この地に葬ってやりたかったのだ。彼は、ロニのために命を使い果たした。だから返してやるべきだったのだ。この生まれた場所に。
血をわけた兄弟でありながら、ロニは二十歳になるまで弟の存在を知らなかった。ロニは、父の死とともに、弟をこの地から連れ出した。戦いの中へ。だからこそ、ロニと出会わなかったころの大地へと、彼を還してやるべきだと感じていた。
もしも、父がいまわの際に二人の兄弟を引き合わせなかったら、レネはこうして死ぬことはなかっただろう。
不思議だ、ただ。
ロニはひとり、草野原に立ち尽くして風を見ていた。――昔、昔はふりかえればだれかがそこにいた。今もいるような気がする。ただ、弔いに言葉をなくすロニに声をかけることをせず、見守るように立っている気がする。心の中では、「陽の落つる場所に、」と何度もつぶやきながら、ロニがふりむくのを待っているような気がする。
その優しい沈黙が、今もまだある気がする。
こうして立ち尽くす彼の肩を、今しもたたこうとしているのではないかという気さえ、するのだ。
今はもういない人間なのに。
彼がいなければ生きていけないと感じたことは一度もない。いなくても、巡り合わなくても、ロニ・ファティマという人間になにか変わりがあったとすら思わない。彼は必要不可欠ではなく、彼にとってもそうだっただろう。だから今、彼はここにいないのだから。
けれど、こうしてだれかの死を悼むたびに、彼がつぶやくあの言葉が胸に去来するだろう。――陽の落つる場所に。
(ああ、それとも……)
こうして死を悼むだれかは、もういないかもしれない。レネは、ロニにとって最後の信じた人間だった。あるいは、最後の愛した人間だった。だから彼のことも、もう思い出すことはないのかもしれない。
弔鐘の響きが、やがて野に絶えた。墓地では、レネの埋葬が済んでいるはずだ。その墓地には、入り口に立つ門にこういう言葉が掲げられている。『陽の落つる場所に、』。
ロニはふりむき、だれもいない野辺を見た。
そう、そこにはもうだれも立っていない。あの男も、そして弟も。
ロニは毅然と顔を上げると、草原を立ち去った。あとにはただ、草分ける乾いた風ばかり。弔いはもう終わりだ。もう二度と、だれの死も悼むことはないに違いなかった。
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すごく短かったりして、大反省…… 『NO LIFE, NO PRIDE』の間の話ってことになります。その後話、自分的には本当にタブーの領域なのだけれど。しかも、ラブラブが書きたいと思ってロニのことを考えていたのに、なぜ弔いなのさ。(ネアカカミューの反動かな……)レネ、ごめんよー!
ネタとしては「風は陽の沈む場所へ」の続きっぽいかんじ。弟の死にさえ、ロニ、あんたはカレルを思い出すのか! まあ、あの……ドリームー!
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