横顔
 ぜんぶ真っ白の世界だった。
 こぼれる息の白さもさることながら、大地を覆う白い光景ははなやかな煌きを放ちつつ、世界を深閑とさせていた。
 バルトはいつもの服に体をすっぽりと包む黒い上着を着て、雪原に飛び出していた。
 一面単色の世界、という点では砂漠も同じだ。陰影のコントラストだけがものの遠近を判断させる。けれどこの雪の世界は冷たい。とても。
 最後の目標は墜落したかつてのメルカバーにいると知れ、一行は一時シェバトに身を寄せていた。
 五百年来空を飛んでいたシェバトが落ちた先は、不幸にもこの氷の世界だった。様々な都市維持機能があるから良かったものの、そうでなくては人が生きていくのはとても辛い。
 バルトも、大した日数をここで過ごすわけではないので興味ばかりが先立つが、ずっとここにいろ、といわれればその生活が想像を絶する厳しいものになるだろう、ということはよくわかった。

 外で遊ぼう、と子供じみたことを思い立ち、フェイとビリーを誘ったのだが、二人はまだバルトを追ってこない。
 ただ景色を眺めているとなぜか空恐ろしくなり、彼はしゃがんで足もとの雪をすくった。それを握ってつぶてを作る。ただこのまま待っていては体が冷え切ってしまうと思って、バルトはいくつかそれをつくっては、どこまで飛ばせるか試してみた。
 背後で人の気配がした。
 ――いまさら来やがったのかよ。
 フェイかビリーに違いないと踏んで、バルトはふりむきざまにその人物へと手にした雪つぶてを投げつけた。
 ぼす、という音を立ててつぶてはその人物の顔面に当たった。手応えを確信して、
「ざまァ見ろ!」
 よくも、という友人達の反論と、同じ雪つぶてが返ってくるものと思っていたバルトは、「――なにをする」という低い男の声で固まった。
「お、おっさん」
「俺の名前はカーラン・ラムサスだ!」
 さすがのバルトも、そんな事は知ってると悪態はつけなかった。なにしろ、ぶつけてしまったのはどう考えてもバルトが悪い。
 とはいえ、素直に謝りたい、とも思えない相手だった。
「こんなトコになにしに来たんだよ……?」
「用がなければ、来てはならないようなところか?」
 ラムサスは仏頂面で、髪にかかった雪を払っている。
「そーだけど」
 確かに、シェバトのすぐ外で、気晴らしにこのあたりを歩くものも珍しくはない。本当にそんなことを聞きたかったわけではないし、バルトだって百も承知している。
 ――謝ったほうが、いいんだろうな。
 ぐだぐだと誤魔化すよりも、そのほうがいいに決まっている。せっかく仲間になった人間を、あんまりいけ好かないからといって邪険に扱うのはおとならしくない。
 むっつりとしたラムサスの顔をちらりと見て、バルトは勢いよく見をかがめようとした。
「わ……」
 悪かったな、と言うつもりだった。けれど、ラムサスがこちらを見て、きょとんとした顔でこういう方がわずかに先だった。
「おまえ、……シグルドに似てるな?」
「は、え、そうか……?」
「ああ、……似てる」
 父親が同じなのだから、似ていたとしても無理はない。それに近頃、バルトもシグルドとはかなり顔が似ているのでは、と感じるようになってきた。数ヶ月前にはあまり思わなかったのだが、それは単にシグルドと血が繋がっているとわかったからではないだろう。
 ここ数ヶ月で、バルト自身にもわかるほど、彼は成長していた。もう少年ではいられない時期にさしかかってきていた。
 ただ、ラムサスはシグルドとバルトの血が繋がっていることを知らない。それなのに気づくとは、意外に彼も目ざといようだ。
 ざくざくと雪を踏みしだき、ラムサスはバルトの傍に寄った。
「あっちをむいてみろ」
「は?」
「あっち」
 言われたとおり、バルトはラムサスが指さす右をむいた。別になんてこともない雪の世界があるだけだ。
「やはり、似てる」
「シグにか?」
 別になにも、バルトに見せたいものがあったわけではないようだ。ただ、バルトの横顔を眺めようと思っただけらしい。
「ああ」
「でもこっちの顔、シグは眼帯してるだろ?」
「昔のシグルドに似てるんだ。……十年前は、腐るほどあいつの顔を見てたからな」
「昔ってぇと、ちょうど今の俺と同じくらいか。…」
「そうだな」
 ラムサスはバルトの知らない頃のシグルドを知っていて、その頃のシグルドに今、バルトが似ていると言うわけだ。
 なにかが巡りめぐってる、そんな気がした。
「そう言えばさっき、なにか言おうとしたな?」
「え、ああ」
 謝るのもいまさら、のような気がした。本人はあまり気にしていないようであったし。もしかすると、故意に当てられたとは思っていないのかもしれない。
 ――でもまぁ、いちおう。……
「さっき、雪ぶつけたろ。あれを謝ろうと思ったんだ」
「ああ、なんだ、そんなことか」
 ラムサスは苦笑して応えた。
「それなら、気にするな」
「別にぶつけようと思ったわけじゃないしな、水に流せよ」
「ああ」
 そのときまで、ラムサスの笑った顔が見えていたのが、いきなり白くなった。……ラムサスに蹴飛ばされ、頭を雪につっこまされたのだった。
「てんめえ……!」
「悪いな、俺はやられたことはやりかえす主義だ」
 ざくざくと、ラムサスの足音が遠ざかっていく。ため息をつき、バルトは身を起こした。ラムサスとすれ違いざまに、分厚く服を来こんだフェイがこちらに駆けてくるのが見える。
 遅いんだよ、と呟いて、バルトは今度こそ、彼に当てるための雪つぶてを握った。





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ラメセス14歳ですから……みたいな。(080310)
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