昔々あるところに、お爺さんとお婆さんがいました。お爺さんの名前はヒュウガさん、お婆さんの名前はユイさんといいました。ふたりは一人娘も独立して、楽しい老後を過ごしていました。
お婆さんが川で洗濯をしていたある日のこと、上流からどんぶらこっこ、どんぶらこっことなにかが流れてくるではありませんか。それは、大きな大きなカカでした(カカがなにかはご想像にお任せします)。
「まあおいしそうなカカだこと」
お婆さんは喜んでその大きなカカを引き上げました。
そして歓び勇んでお爺さんを呼びに行きました。
話を聞いたお爺さん、日本刀を持ってカカを切りにむかいます。
「ほんとうにおいいしそうなカカだ」
「でしょうあなた」
「ミドリにも送ってあげましょう」
「それがいいわあなた」
お爺さんは構えてすぱあん! とカカを一刀両断しました。すると、中から赤ん坊が出てきたではないですか!
これにはお爺さんもお婆さんもびっくり。
中から出てきた赤ん坊もびっくり。
「……捨てないで」
それが赤ん坊の第一声でした。かわいそうに思い、お爺さんとお婆さんはその赤ん坊をカカ太郎と名づけ、家で育てることにしました(あとからお爺さんが調べたところ、カカには『廃棄物』とシールが貼ってあったということです)。
何年もすると、カカ太郎は立派な少年に育ちました。普通より成長が早いのがちょっと不気味でしたがカカから生まれたカカ太郎です、お爺さんもお婆さんも気にしないことにしました。
ある日、カカ太郎はお爺さんとお婆さんにいいました。
「僕は噂に聞く鬼が島へ行って、鬼退治をしようと思います」
「それは危険じゃないですか、カカ太郎」
「イイエ! 鬼退治を敢行してこそ、僕は塵じゃないと証明できるんです!」
「あなたは塵なんかじゃないですよ。廃棄物のシールなんか忘れましょうよ」
「絶対行くんだッ」
お爺さんがいくら説得してもカカ太郎は聞きませんので、最後にはお爺さんはうなずきました。
お爺さんはお餞別に秘蔵の愛刀を渡してくれました。「これはすっぱり切れちゃいますから人にむかって使うときはくれぐれも気をつけて。追いはぎだけのつもりで殺しちゃったら罪が重くなりますよ」
お婆さんはお餞別に秘薬入りきび団子をくれました。「これは相手を夢中にさせたいときに食べさせるのよ。変なのに食べさせてストーカーされないように気をつけなさい」
そんなわけで、カカ太郎は鬼退治に旅立ちました。
カカ太郎が鬼が島にむかって歩いていると、青い髪の女の子が道端でしくしくと泣き濡れていました。気になったカカ太郎が声をかけると、女の子はいいました。
「あなたは神を信じますか?」
「うーん、時と場合によるな」
心もとないカカ太郎の返事に女の子はまた泣き出しました。慌てたカカ太郎は、
「いや信じる。信じるよ」
といいなおしました。女の子はそれでは、といい、
「わたくしは神の御使いなのですが人間には神から与えられた力が無気味に思えるらしく、いじめられてばかりなのです。わたくしは神から鬼退治の命を受け、この地で勇者を調達して鬼が島へむかわなければならないというのに、どうしたらいいんでしょう」
鬼が島と言えば、カカ太郎の目的地ではありませんか。
「私が勇者になってやろう。もう泣くな」
「えっ、あなたが? ……でも、わたくしにはあなたの背後に『廃棄物』の文字が見えます。……そんなあなたを勇者にするわけには」
カカ太郎はお婆さんが作ったきび団子をさしだしました。こうして仲間になった女の子は、ケルビナという名前でした。
カカ太郎とケルビナが仲良く鬼が島にむかって歩いていると、今度は道端にカカシが立っていました。二人がその傍を通りすぎたとき、カカシが言いました。
「こんにちは」
びっくりした二人は思わず立ち止まります。
「こんにちは」
言い返したのはケルビナでした。カカ太郎はかなりビックリした様子でなにかもごもごと呟いています。
「どちらへいくのですか」
「鬼が島へ鬼退治にいきますの」
「鬼退治! それはさぞかしたいへんでしょう。私も連れていってください」
カカ太郎はカカシを見て、肩を竦めました。
「しかし、カカシの君は歩けないだろう」
「いえ、この縄さえ解いていただければ、超高性能ポジトロニックブレイン(データ少佐より多分優秀・だってソラリス製)であなたがたの旅路を完全サポートです」
ちょっと考えた後、カカ太郎はカカシの縄を解いてあげました。きび団子をあげる必要はなさそうです(というよりもきかなさそうです)。カカシの名前はトロネといいいました。
三人が鬼が島にむかって歩いていると、とある村につきました。この日はもう遅かったので、ここで一晩とまらせてもらうことにし、小屋を一つ借りました。
夜半、カカ太郎は嫌な夢にうなされて目を覚ましました。「おまえは塵だー塵だーさあ今日は不燃物の日だよ、おまえをすーてーにーいーこーうー」という声と半透明のビニール袋においかけまわされる夢です。
乱れた呼吸をただしたカカ太郎は、起き上がって夜の散歩に行くことにしました。
すると、村の奥の方からなにか怪しげな音が聞こえてくるではありませんか。もしかすると鬼かもしれません。お爺さんからもらった剣をしかと握ると、カカ太郎は勇気をふるって奥へ奥へと進んでいきました。
村の一番奥には朱塗りのなにやら怪しいお堂が建っていました。ここにもしかして鬼が……? カカ太郎は、息を呑んで建物につめよります。
「出せー、出せっ!」
中からはそんな怒鳴り声が聞こえるではありませんか。カカ太郎は剣のつかをぎゅっと握りましたがつるりと滑ってしまいました。どうも、汗をかきすぎたみたいです。
カカ太郎は掌を袴で拭い、深呼吸してからお堂の中に駆けこんでいきました。
「成敗するっ!」
堂内は暗く、よく様子がわかりません。
そして奥から、うなり声が聞こえました。カカ太郎は剣を手に、近寄ります。
そこは座敷牢になっていました。中には人影があります。これが鬼なのでしょうか?
「とうとう……殺すのか」
中の鬼がそう言いました。女の子のようです。カカ太郎が想像していた鬼とは違いました。確かに女の子にしては大柄で、獰猛な感じはしますが、鬼ではなさそうです。
「……いや……僕はカカから生まれたカカ太郎だ。鬼が島へ行って鬼退治をするため、旅をしている。君がなぜこんなところに入っているのか教えてくれまいか?」
「旅人か……ならば私がここにいる理由も知らないだろう。私はこの村から山を越えたところに住んでいたんだ。この村と私の村はひとつの川の水を分けて使っていたのだが、去年の夏は干ばつで思うように雨がふらず、水が不足した。この村の奴らは川を堰とめ、わずかな水を一人占めしたのだ。私たちの村は完全に干上がった。そして食糧がなく、おまけに火事があって村は全滅した……私はこの村まで逃れてきた。しかし奴らは私がこの村に報復するために来たと思って、こんなところに閉じこめたのだ」
「そんなことが……」
ほろりと来たカカ太郎、自分も廃棄物だっただけに同情してしまいました。
「よしっ、私が出してやろう」
「え、本当に? けれどどうやって」
「私にはお爺さんから貰った愛刀がある! 下がっていろ」
カカ太郎はそう言うと、腰から刀を引き抜きました。零れてくる月光の光を反射して、カカ太郎が剣を振るうとまるで光が一筋走ったようでした。
その美しさに呆然とする女の子はごとり、と音がするのにはっとしました。座敷牢の重い木枠が見事にすっぱり切り取られているのです。彼女は牢から抜け出ると、終わりのポーズを決めているカカ太郎に駆け寄りました。
「ありがとうございます……! これで私も、心おきなくこの村に復讐が出来ます。おりしも夜……いい案配ではないか」
「えっ、復讐?」
女の子はにやりと笑いました。
「皆殺しだ」
「ちょ、ちょっと待ってー!」
そんなことになったらカカ太郎の連れ一行も巻きこまれてしまうではありませんか。カカ太郎は腰のきび団子を取り出し、女の子の口にムリヤリつめこみました。こうして仲間になった女の子はドミニアといいました。
カカ太郎とケルビナ、トロネ、ドミニアは深夜のうちに村から逃げ出しました。
そんなわけで四人は、遂に鬼が島の見える浜辺へとやってきました。海の彼方に幽かに見える鬼が島は、黒くていかにも怖そうな雰囲気です。四人は近くにあった漁師の小船を強奪すると、勇ましく出立しました。
ところが鬼が島までの海域はとても荒く、気がついたときには全員海に投げ出されてしまいました。
ぶくぶくと沈んでいくカカ太郎とお供達。
カカ太郎の頭の中には、走馬灯のように、かつての記憶が流れていきました(この話、デッドエンドじゃないのでご安心ください)。廃棄物だった自分を大切に育ててくれたお爺さんお婆さん……
「まあ不思議な動物だこと」
「姫様も大胆なことをなさりますわ」
うるさいおしゃべりで、カカ太郎は目を覚ましました。カカ太郎が目を開けると、それまでカカ太郎を囲んでいたらしい女たちは小さな悲鳴をあげて部屋から出ていってしまいました。そこは暖かなベッドの上で、彼はそこで寝ていたようです。
溺れたことを思い出したカカ太郎は、では誰かに助けてもらったのだと思いました。
「しかしどこなのだろう。ケルビナたちは無事だろうか?」
そう一人ごちていると、ひとりの女の子が部屋に入ってきました。ウサギみたいな耳の、ピンク色の女の子です。とてもかわいらしかったのですが、その姿のおかしさにカカ太郎は鬼だと思いました。
「鬼め!」
「あ、ポチは啼くんだぁ〜! なんて啼くの、ポーチ、ポーチ!」
「啼くとは失礼な!」
「あれ? 喋れるの? 名前は? あのねー、セラフィーはね、セラフィータっていうの。この亜人国のお姫さまなんだ!」
「私はカカから生まれたカカ太郎だ! 鬼退治に鬼が島に行くところだ」
「うーん、セラフィーね、ポチがなんて言ってるかわからない。やっぱり意味あることは話せないのかなあ」
格好つけたのに話が通じず、がっくりとしたとき、カカ太郎は先ほどから自分の首に巻きついているなにものかに気がつきました。……妙に重たくじゃらじゃらしています。首輪でした。
「でもセラフィーの新しいペットが賢そうでよかった!」
「ぺぺぺぺぺ、ペット!!」
カカ太郎に走った衝撃はハンパなものではありませんでした。この俺がペット! 廃棄物だった過去を捨てるために鬼が島にむかっていたというのに、また変なステータスがついてしまいました。
「こんな首輪、お爺さんから貰った刀さえあれば……」
しかし、それは部屋の反対側にあり、鎖で繋がれているカカ太郎にはとても届きません。
そのときです、カカ太郎の持ち物を色々調べていたセラフィーが、きび団子を手にしたではありませんか。
「これなにかなあ」
つぶやくセラフィーに、カカ太郎はしたりと思いました。ここでこのきび団子を食べさせればカカ太郎のものです。カカ太郎は必死でわかりやすそうな単語を並べました。
「お菓子、お菓子、セラフィー、食べる、おいしい!」
「食べるの? ポチ食べる?」
「ギャー、違うって! セラフィーが食べるの!」
「セラフィー食べていいの? じゃあ、いただきまーす」
こうして亜人国のお姫さまをお供にしたカカ太郎はまんまと脱出しました。
鬼が島へと漕ぎ出した浜に戻ると、待ちあぐねていたらしいケルビナ、トロネ、ドミニアが、カカ太郎に駆け寄ってきました。
「カカ太郎様! 心配しておりましたわ!」
「カカ太郎様! ご無事ですか!」
「カカ太郎様、お怪我はありませんか?」
「ああ、私は無事だ。みんな、心配かけて済まなかったな」
そして五人揃ったところで、あらためて前より大きな船を強奪すると、鬼が島へむけて出発しました。
いかにもあやしい鬼が島に辿り着き、あたりの鬼たちに警戒しながら、五人は上陸しました。カカ太郎はお爺さんからもらった刀を握りしめ、前へ前へと進んでいきます。
しかし、不思議なことにいつまでたっても鬼は現れませんでした。
やがて、五人は大きな広場に辿り着きました。そこに広がっていた光景は、とても悲惨なものでした。というのも、もうすでに鬼たちは殺されていて、死体が山となっていました。
「こ、これは一体……!」
五人は怪しみながら鬼たちの死体のあいだを歩きましたが、皆もう息がありません。そして山山には、べったりとシールが貼られていました。
『廃棄物』
その文字は、カカ太郎のこめられていたカカに書かれていたものと全く同じでした。この色やマーク、全く同じです。子供の頃から見つめては血が出るまで自分を殴った、あのシールと同じではありませんか。
「そんな……」
廃棄物である過去と訣別するため、ここまでの長い旅路を耐えてきたカカ太郎です。なのに、倒すべき鬼たちももう既に廃棄物となっていました。廃棄物が廃棄物を斬っても、意味がないのです。カカ太郎は廃棄物をやめることができません。
お供たちも、呆然とするカカ太郎になにも言えないでいました。
「俺は……しょせん塵なのか……」
「カカ太郎」
カカ太郎が呟いたとき、不意に呼ぶ声がありました。
見ると、そこに立っていたのはなんとお爺さんではありませんか。なぜお爺さんがそんなところにいるのかわかりません(本当を言うと守護天使だからです。鬼が島を滅ぼしたのはおじいさんでしたがまたそれは別の話)。カカ太郎は、鬼の幻だろうかと警戒しました。
「カカ太郎」
しかしその呼び声は、懐かしいお爺さんの声そのものです。カカ太郎は思わずお爺さんの下に駆け寄りました。
「お爺さん、教えてくれ! どうしたらいいんだろう……鬼はみんなもう塵になっていた! 俺はどうやったら塵じゃなくなれるんだ! 永遠に俺は廃棄物なのか!」
「カカ太郎、おやめなさい。何度も言ったはずです。あなたは塵ではありません」
「だめだ、俺は塵だ塵だ……!!」
ぱあん。高らかな炸裂音がしました。お供たちが思わず、声を上げます。お爺さんに顔をはられたカカ太郎は、吹っ飛んで死体の山につっこみました。
「カカ太郎の馬鹿! あなたは塵なんかじゃない。あなたが塵だったら、あなたについてきた彼女たちの思いはどうなるんです?」
ずきずきと痛む頬をさすりつつ、カカ太郎がふりむくと、そこには旅の間に仲間にしてきたお供たちがいます。とても大切そうに、信頼している目でカカ太郎のことを見ていました。
「みんな……」
「カカ太郎様……」
「そうか、そうだったんだな」
「カカ太郎、この旅は無意味なものではありませんよ。あなたは大切なものを得たではないですか。鬼退治なんてどうでも良いことなんですよ」
「お爺さん……!」
こうしてカカ太郎は自信を手に入れ、お爺さんと共に、四人のお供を引き連れて家に帰りました。鬼が島が壊滅した噂はすぐに国中に流れ、カカ太郎の仕業ということになったようですが、カカ太郎にはそんなことはどうでもよく、みんなと一緒に末永く、幸せに暮らしましたとさ。
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