屋上の扉が閉まる。透と千条の様子をうかがっていた三宅拓人は、止める間もなくすり抜けて屋上に入っていった永井潤を追おうとしたが、「三宅」と別に声をかけられて踏みとどまった。階段のひとつ下の踊り場に、いつの間にか三人も人影があった。

 まったく気がつかなかったことに内心で舌打ちしながら、三宅は彼らを見る。十字美濃、干照和樹、そしてウージェニー・システルナスだ。薄暗い最上階の階段で、彼らは対峙していた。扉を開ければ、白熱したような太陽の下でも、奇妙な対面が行われている。三宅は、自分が緊張しているのは表にいる彼らのせいなのか、それとも目の前にいる彼らのせいなのかよくわからなかった。

「なにしてる?」

 干照の口調は詰問のようだ。三宅は説明のつかないことを口にしたいと思わなかった。無論、屋上に透と千条、そして潤がいるなどと言うことは論外だ。三宅がここにいるのは、彼らの邪魔をさせないためだった。

 三宅は焦りを感じていた。永井潤まで交えて、透はなにを話しているのか、知りたかった。潤という邪魔が入った以上、千条にはずしてくれといわれたことは無効になっているはずだ。だが、三宅が扉を開ければ、なにも知らない十字たちもそこへ土足で踏みこんでくるだろう。

「おまえたちこそ?」

 三宅が言うと、十字があきらかに苛立った様子で応える。

「永井を追ってきたんだよ。そこで、なにしてるんだよ」

「――近頃おまえと透はなにしてるんだ? 腑に落ちないんだけど」

 三宅は干照の言葉を沈黙で通した。

「仁が死んでからだよな」

 三宅は仁王立ちに立ち尽くしていた。説明できることではなかった。

「永井も関係があるらしいな。ということは、"セッション"か? 永井が学校に来るなんて、学校でまた"セッション"が出るのか?」

「そういうわけじゃないだろう」

 三宅は首を振った。干照は相変わらず冷静で、三宅の一挙手一投足を観察しているようだった。どうやって本音を引き出すか考えているのだろう。干照は身長の割には体格が薄く、喧嘩にはむいていないが頭は回った。

 干照はしばらく考えてから、質問を変えた。

鳥海とりうみは時々学校に来てるが、吉弥きみは全然来てないな。なのにどうして永井が来るんだ?」

「吉弥なんかいなくて清々するよ。俺、あいつを見るとむかついてしょうがねぇんだ」

「おまえは、黙ってろ」

 十字の汚い言葉で干照の質問は意味をなさなかった。それに、そんな質問ばかりは三宅にもさっぱりわからない。永井潤がなにを考えていているのかなどと。

 鳥海実和子みわこと吉弥高二こうじは、やはりこの学園の同学年の生徒だったが、潤が学校に来なくなって以来、同様に欠席がちになっていた生徒だ。彼らがなんなのかはだれも語らないが、時折週刊誌の写真やテレビの画面で潤の傍らに映っているところを見ると、救世主に従っているのだろう。

 その画面には、三宅の友人だった回田考史も並んでいた。三宅には、事態はわかったがその意味を知ることはできなかった。

「おい、三宅、そこをどけって!」

 階段下から十字が叫ぶ。今にも三宅に飛びかかってきそうだ。だが、この階段で下からでは有利な位置には立てない。それに、十字と三宅では体格差がありすぎる。

「そこに、透と永井がいるんだろ!」

「ここは通さねえよ。それに、騒がれても困るんだ」

「ふざけるな!」

「少し黙れよ、十字」

 しかし、少年は頭に血を上らせている。地団駄を踏んで、三宅をにらんだ。不利な位置にいるにもかかわらず、喧嘩をしかける野良猫のようだった。

「今日は俺も、十字を止めないぜ。三宅、早いとこ説明してくれよ」

 干照もそう言い、三宅を見た。

(そう言われたって、俺には説明なんかできない、)

 三宅自身も歯がみした。頭の中に、透明な部分と不透明な部分がある。このところ、三宅自身もわけのわからない思考に突き動かされていて、その紗のかかった部分に手を伸ばそうとするのだが上手くいったためしがなかった。

 ウージェニーだけが、少年たちがにらみ合う中で一歩引き、静かに三宅を見ていた。

 その視線を受けるときだけ、ほんの少し罪悪感を覚えた。ウージェニーは三宅に一方的にくっついているだけで、三宅には彼女に対する義理などかけらもない。だが、どこか辛い。

「透のためだ。俺にわかるのはそれだけだよ」

「信じられるか、アホ。透のためだって? 仁のことが無関係だなんて、ぜったい言わせないぜ!!」

 十字はじり、と一歩階段に足を乗せた。仕方なく、三宅は扉の前から動いて、三人の目の前に立ちふさがる。

「駄目だ」

「なに考えてんだよ!」

 三宅はしかし、扉が開く音を耳にして十字を無視し、ふりかえる。逆光で見えにくかったが、千条だった。

「千条まで? おい、そこでなにしてるんだ」

 十字は当然のように噛みつくが、彼は気にした様子もなく、淡々と階段を下りてから肩を竦めた。

「なんのことか知らないけど、僕は無関係だよ」

「嘘つけ、屋上には透と永井がいるんだろ」

「知らないって。僕が屋上にいたら、二人がどかどかやってきたんだよ」

 三宅が千条に気をとられている隙に、十字は階段を駆け上った。あっ、と三宅がとどめる間もなく、彼は屋上のノブに手をかける。だが、何度ひねっても扉は開かなかった。鍵でもかかっているような様子だった。

「鍵、開けろよ!!」

「鍵なんて持ってないよ」

「透と永井、しめだされるぜ」

「それこそ、僕の知ったことじゃないよ」

 千条はそうして無責任なことだけ言うと、さっさと階段をくだっていく。三宅と干照は、顔を見合わせた。

「おまえ、鍵持ってるか?」

 干照は真顔で訊いた。

「いんや。持ってない」

「そういえば、屋上はこの間、透が柵を落っことしてから進入禁止で鍵をかけられてたはずだよな」

「ああ。多分、いま俺がひねっても開かないよ」

 十字は一人、むきになって扉と格闘しているが開く気配はなかった。

 干照は、すっかり飽きた顔でため息をついた。

「なーんだ。つまんない。行くか」

「ちょっ……和樹!! どこ行くんだよっ」

 三宅は干照に便乗した。わけのわかっていなさそうなウージェニーの手を引き、降りていく干照のあとを追う。しばらくしてから、えらく仏頂面をした十字も、階段を駆け下りて来た。

「ねぇタクト」

 ウージェニーがようやく口を開いた。

「私このごろ、夢を見る。この間いた女の子が出てくる夢」

「女の子?」

「そう、この間少しだけいた女の子がいたでしょう。瀬野くんと仲がよかったよ」

「……片倉頼子?」

「たぶんその子よ。その子の夢を見る」

 三宅はウージェニーの顔を振り返る。彼には、その意味がわからなかった。









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